3‐⑪ 初めての姉妹喧嘩

 ピアちゃんの背後にオーガが見える。

 周囲の空気が揺らめくほど、ピアちゃんはお怒りだった。


「ピ、ピアちゃん、これにはワケがあってね・・・」

「ひどいと思うのっ!!」

「はい、ごめんなさいっ!」


 僕は地面に正座している、小石が刺さってちょっと痛い。

 ピアちゃんは頬を膨らませて仁王立ち、言い訳もさせて貰えなかった。


 僕がピアちゃんに叱られている間に、マルセナさんはてきぱきと暴漢達を片付けていく。

 全員もれなく鉱山奴隷行きなのだそうだ。


「マルセナ様、賞金首がおりました。元Bランク冒険者『鉄切り』です!」

「あら、随分な悪党が隠れていたものね。上手に治安維持が出来ていると思って油断したわね、これはアルバートにお仕置きしないとダメね」


 聞いたことはないが、結構な悪人が居たようだ。どれの事か分からない。

 僕が聞き耳を立てていたことがバレたのか、ピアちゃんのボルテージが上がった。


「おねーちゃんっ、ちゃんと聞くのっ!!」

「はいっ、すみませんっ!」

「なんでピアを起こさないのっ! ピアはおねーちゃんから離れたくないのにっ!!」

「いや、気持ち良さそうに寝てたから可哀想かなーって・・・」

「起きた時に、目の前におねーちゃんが居ない方がイヤなのっ!!」

「はい、ごめんなさいっ!」


 僕はもう謝り通しでキツツキみたいになっていた。


「ほら、貴女達。遊んでないで帰るわよ! 今日はこのままウチにいらっしゃいな」

「ほ、ほら、ピアちゃんマルセナさんが許してあげなさいって言ってるから・・・」

「言ってないわよぉー」


 ピアちゃんはむくれた表情のまま少し考え、僕の背中にくっ付いてきた。


「許してくれた?」

「・・・・・・(ぷいっ)」


 無視のうえ、そっぽを向かれてしまった。

 お姉ちゃん泣きそうです、しくしく。


 ◇


 領主邸に戻るとスピンドル家の面々が待ってくれていた。


「おぉ戻ったか、心配したぞ。怪我はなかったか?」

「はい、お陰様で。アルバートさん、あの人放し飼いにしても良いの? 一応伯爵夫人ですよね?」

「俺にはどうしようもないんだ、それにその辺の輩にどうこうされる彼女じゃない。一応、元Bランク冒険者なんだ」

「ランク高っ⁉ 何で伯爵夫人が冒険者やってるんですか」

「マルセナだからな」


 うん、納得。謎の説得力だ。


「お姉様、御無事で何よりですわっ! 暴漢に襲われたと聞いて、不安でどうにかなりそうでしたの!」

「姉様、お怪我が無くて何よりでした」

「うん、心配かけてごめんね。この通り無傷だよ」


 軽く両手を上げて無事をアピール。「触って確かめる?」とジークに聞いたら、顔を真っ赤にして遠慮された。冗談なのに。


「面倒な話は明日するから、皆休むわよー。ユウちゃんも汚れてるでしょ? メイドにお風呂を用意させるから、入ってらっしゃいな」

「ありがたく頂きます」


 メイドさんに連れられ浴室へ入った僕、服を脱ぐために背中のくっつき虫に声を掛けた。


「ねぇ、ピアちゃん。お姉ちゃん服が脱ぎたいなぁ・・・」

「・・・・・・」


 一応降りてはくれたが、全く喋ってくれない。

 脱いだ服をぽいぽい籠に放り込むとピアちゃんに手を引かれた。


「んっ!」


 ピアちゃんバンザイ、服を脱がせろという事らしい。

 僕は可愛いお姫様の言う通りにお世話をする事にした。


 その後も体を拭き、服を着せ、移動中はおんぶか抱っこ。

 寝る時も頭を包むように抱き締めて眠る。

 ずっとくっ付いているなぁ・・・と思ったが、よく考えるとやっていることはいつも通りだった。

 ちなみにミミちゃんは一応遠慮してか、枕元で眠っていた。


 翌朝には機嫌が直っていることを願ったが、全然直っていなかった。

 仕方なく僕は抱っこのまま食堂へ移動する。


「それで、昨日からそのままなのか?」

「はい、全然許してくれなくて・・・」


 抱っこの形で膝に座るピアちゃんは、時々僕に向かって口を開ける。「食べさせろ」という事らしい。

 僕は雛にご飯を与えるように、小さく切った朝食を与えていく。


「ピアちゃん、そろそろお姉ちゃんはお話がしたいなぁ・・・」

「・・・・・・(ぷいっ)」


 そっぽを向かれてしまった、ちょっと泣きそう。

 その様子を見かねたのか、マルセナさんがピアちゃんに話しかけてきた。


「ピアちゃん、そろそろお姉ちゃんを許してあげたらどうかしら? ユウちゃんも貴女を護りたくて、孤児院に預けてきたのよ? すぐに戻るつもりだったんだと思うわよ」

「・・・・・・」

「それにこのままだと、大好きなお姉ちゃんが泣いちゃうかもしれないわ」

「っ⁉」


 マルセナさんの言葉に、ピアちゃんは焦ったように僕を見上げた。

 別に泣きはしないよ? 二日くらいなら耐えて見せるだろうさ。たぶん。


 僕の顔をじっと見つめてから、胸に顔を埋めて深呼吸をするピアちゃん。

 汗を嗅がれているみたいで恥ずかしい。

 暫くしたら満足したのか、顔をぐりぐりしてから話始めた。


「・・・急にお姉ちゃんの臭いがしなくなって目が覚めたの。それで、目が覚めたら本当に居なかったの。おねーちゃんは今までピアを置いていったことなんて無かったの。捨てられたかと思ったの」

「ピアちゃんを捨てるなんて、世界が消滅したってあり得ない」


 僕にとって、sister is worldなのだ。


「次置いていったら絶対許さないの」

「分かったよ」

「ピアをもっと甘やかすの」

「任せろ」

「もし破ったら、おねーちゃんなんか嫌・・・いにはならないけど、すごく怒るの」

「むっちゃ気を付ける」


 最後にもう一回胸に顔を埋めて深呼吸したピアちゃんは、うつむきながら呟いた。


「じゃあ許してあげるの、おねーちゃん大好きだから」

「僕もピアちゃんが大好きだよ」


 僕は心で包むようにピアちゃんと抱き締め合う。

 最後に顔を上げたピアちゃんと笑い合って、僕達の初めての姉妹喧嘩は無事終わりを迎えたのだった。


 ◇


 その後、僕の真横に席を作り、楽しそうに食事を始めるピアちゃん。

 傍らのミミちゃんも、機嫌が直ったことに安心したのか、嬉しそうである。


「仲直り出来て良かったですわ! もしこのままピアちゃんが怒ったままなら、お姉様を横取りしてしまおうかと思いましたのよ。お兄様が」

「僕っ⁉」

「可哀想だから、無茶振りは止めてあげなよ。ジークだって僕のことは、近所のお姉さん程度にしか考えて無いと思うよ」

「えっ!?」

「えっ?」


 何の「えっ」だよ。もしかしてジーク、僕と結婚したいの?

 いやまて、年齢的にピアちゃんの方か。

 ピアちゃんなら仕方無い、超絶美幼女だもんね。許さないけど。


「いくらジークでも、ピアちゃんはあげられないかなぁ。欲しかったら、もっと頑張ってね」

「いくらジー君でも、おねーちゃんはあげないの。絶許なの」

「あ、はい・・・」

「お兄様、ファイトですわ!」


 別に絶対に認めないと言っているわけでは無いのだから、欲しいなら努力してピアちゃんをゲットして欲しい。

 僕のメッセージがどう伝わったのか、ジークの目には光るものがあった。


 その後、朝食を食べ終わった僕達はマルセナさんの案内で調理場に向かうのだった。

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