3-⑬ 兎はオカンに怒られる

 世の中は漫画のように何でも順調に進むわけでは無い。

 調味料の研究も3/4は成功した。どちらかというと順調なのだが、僕が一番欲しかったのはケチャップなのだ。

 赤いケチャップがあれば、ピアちゃん達にオムライスを作ってあげられるし、ハンバーガーもエビチリも作れる。

 味もそうだが、色だって大事なのだ。

 誰だって白くてドロドロした謎物体が乗った物なんて、食べるのを躊躇するだろう。


「世の中上手くいかないかぁ」

「まだ一日目なの。おねーちゃん、元気出すの。あれでも凄く美味しかったの!」

「まぁ喜んでくれたなら良かった」


 いつまでも厨房を占領するわけにはいかないので、僕達は今スピンドル家のお針子部屋へ向かっている。


 メインで作業をするのは孤児院とスラムの子供達だが、僕一人で何十人も教える事は出来ない。

 僕だって外出するし、他の街に出かけることもあるだろう。よって、代わりになる人を用意しなければならない。


 幸いにも編み物は、適性があれば習得が容易である。機械操作のような難しさがないからだ。

 それに完璧に覚える必要も無い、商品を作るのに必要な編み方だけを覚えるだけで良い。

 僕がデザインして他の人が作れば、手間も省けるし技術も広がるというもの。


 そうこうしている内に、お針子部屋に到着する。

 部屋に入ると、10〜40代くらいの女性が五人一列に並んでいた。


「とりあえず、今作業を持っていなくて、子供と働くことに納得をしている人だけを集めたわぁ」

「ありがとう御座います!」


 女性達は皆僕に注目している。

 それにしても異世界の女性は、比較的身長が高い。

 一番若い子でも僕より頭半分は背が高い、これじゃ確かに若く見られても仕方無いか。


「あの、奥様。何か新しい仕事と伺ったのですが、そちらのお嬢様と何か関係があるのでしょうか?」

「そうよー、この子はねユウちゃん。後ろの子がピアちゃんで、鞄の子がミミちゃんね。ミミちゃんは人懐っこいから大丈夫よぉ」


 まさか鞄が生きているとは思っていなかったのだろう。

 流石に顔が引きつっていたが、ミミちゃんは懸命に愛嬌を振りまいて警戒心を解している。

 詳しく言うと、旗をパタパタと振っていた。

 僕はそんなミミちゃんを撫でながら、編み物を取り出して説明を始める。


「皆さんにはこれらを編めるようになって頂きます。これはかぎ針編みという方法で作られていて、意外と簡単に作ることが出来ます。皆さんは普段から手芸を仕事とされていますので、慣れるのも早いだろうと思い、ご紹介頂きました」


 編み物の適性とは、言ってしまえば『根気』だ。

 黙々と数時間の単純作業ができる人でないと、編み物を続けるのは難しい。しかしここに居るのは、その道のプロフェッショナル。適性は十分だ。

 更に言うと、目つきが違う。物作りをしている人間は手に取っている物を鑑賞しない、まず観察する。

 どういう物なのか、何で作られているのか、どう作っているのか。果てには、自分ならどう作るかまで考える。

 現に何人かのお姉さんは、これが一本の糸から作られている事に気付いたようだ。

 凄く頼りになる、これならいきなり編み方から教えても大丈夫だろう。

 と言っても、道具がまだ複製出来ていないので指編みからだが。


 僕は指編みについての説明と、完成形を見せる。

 編み方が簡単かつ単純とはいえ、一回の説明ですぐさま作業に入る姿は、流石はプロだと感心するものだった。


 部屋に大人が集まって、指に糸を巻きながら黙々と同じ動作を繰り返す。

 それは分からない者から見たらつまらなく、妙な光景に見えるだろう。だが作業部屋とはこういうものだ。

 故に適性の無い者は初めこそ楽しそうにするが、その興味ももって10分。

 それを過ぎると各々自由に行動し始めてしまう ── マルセナさんのように。


「う~~ん、お菓子が美味しいわ。これからユウちゃんのお陰でもっと美味しくなるのだと思うと、ティータイムが楽しみになるわねぇ」


 この人は何処からかテーブルセットを持ってきて、ティータイムを始めていた。

 僕達の視線と雰囲気を察したのか、メイドさんも居た堪れない表情をしている。業種は違えど彼女達も”作業”というものに理解があるからだろう。


「マルセナさん、飽きたなら他の事をしに行っても良いですよ?」

「だめよぉ、貴女のお世話をするように言われているもの」


 邪魔だっつてんだろ。アルバートさんもマルセナさんが余計な事をしないよう、僕監視に付けたらしい。

 その後作業か終わるまで鬱陶しいので、ジークを呼んで回収してもらった。

 申し訳なさそうに登場した彼からは、アルバートさんの血筋を感じるのだった。


 ◇


 孤児院の時と同じ様に、指編みで出来た編み生地を各々好きなように加工していく。

 編みぐるみにした女性は、目的を持って作っているようだったので恐らく子供にあげるのだろう。


 全員が完成したところで今日の編み物教室は終了、僕達は久し振りにアネッサさんの宿に戻ってきた。


「ただいまー!」


 僕が扉を潜ると、アネッサさんは丁度テーブルの食器を片付けていた。

 彼女は僕達を少し見つめた後、鬼の形相でこちらへズンズンと向かって来る。


「えっ? えっ? 何っ、何かしたっけ!?」

「お、おねーちゃん、アーちゃんがスゴく怒ってるのっ!?」


 逃げたい、でもピアちゃん達が居るから逃げるわけにはいかない。

 理由のわからない状況に、ちょっと泣きそう。

 アネッサさんは戸惑っている僕達の前までやって来ると、手を振り上げて──頭を思い切り叩かれた。


 すぱーーーーんっ!!


「い"だい"っ!」

「アンタ達っ!! 二日も連絡なしに帰って来ないなんてっ、どれだけ心配したと思ってるんだいっ!!」

「ひぃっ!? ごめんなさいっ!!」

「心配でギルドに聞きに行ったら、市場で暴れただの、貴族に連れて行かれただの。終いにはスラムに行っただってっ!? 女の子がそんな所に行くんじゃないよっ!!」

「で、でも、ちゃんと理由が・・・」

「でもも、へったくれも無いっ!!」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」


 アネットさん無茶苦茶怖い、本気で怒っている。

 彼女は無断外泊をした僕達を心配して、聞き回ってくれていたみたいだ、申し訳ない。


「良いかい、よく聞きな。アンタ達は冒険者だ、自由に動く権利があるし、アタシとは親子でも何でもない」


 彼女は少ししゃがみ、僕達と視線を合わせながら話し始める。


「だけどね、だからって心配しないわけじゃないんだよ? 大人はね、いつだって子供が心配なんだ。暴れて連れて行かれたなんて聞いたら、心配するに決まってるじゃないか」


 そこまで話すと、アネッサさんは叩いた箇所に手を当て、撫で始める。

 怒っているのにその表情は悲しそうで、嬉しそうで、どこかほっとしているような感じだった。


「アンタはまだ子供なんだ、あんまり危ない事はしないどくれよ?」

「・・・分かりました、出来るだけ心配を掛けないようにします」

「ごめんなさいなの・・・」

「ぎゅうぅぅ」

「それで良い!」


 申し訳無さと、少しのくすぐったさ。

 でも不思議と悪い感じはしない、僕は無意識に笑みが溢れた。


 ひとしきり怒って、気が済んだのだろう。彼女はいつも通りの雰囲気に戻っていた。


「で、ここ数日で何をしてきたんだい?」

「あの、領主様の所で料理とか編み物とかを・・・」


 何となくアネッサさんを見るのが恥ずかしい。

 つい顔を背けてしまう。


「この間作っていたシナズミの水の事かい? あれを旦那が凄く気になっているようでね、見せてやっておくれよ」

「分かりました!」


 僕達はアネッサさんと一緒に厨房へ移動し、天然酵母と焼きたてのパンを取り出した。


「水が変わるだけでこんなにも変わるもんなのかいっ⁉」

「僕も詳しい原理は知らないのですが、酵母を使うと発酵して生地に空気が入るらしいです」

「果物の香りがして美味しいの!」


 地球だとどうか知らないが、ここだとシナズミの香りが強いのかパンから果実の香りがする。

 素材を変えると香りも変わるのか、調べてみないと分からないけど美味しいので問題は無い。


 中々の出来栄えに自信満々でアネッサさん達にパンを見せると、何故か旦那さんが泣き始めた。


「えっ⁉ ど、どうしたのっ⁉」

「・・・・・・い、いや。なんでも、ない。旨かった、ありがとう」


 何か思うところでもあったのだろうか。

 理由はよく分らないが、喜んでくれたようで良かった。僕は事のついでにとマヨネーズとケチャップもどきを取り出し、改良の意見を求めた。


「これは、マヨネーズだね。もう一つの、この白いのは何だい?」

「あれ? マヨネーズ知ってるんですね。こっちは領主様の所で作ったケチャップと言うのですが、思った味にならなくって・・・美味しくなる方法を知ってたら教えて欲しくて」

「このままでも美味しいじゃないか。それに貴族の料理人がやって美味しくならなかったんだろう? アタシ等には荷が重いねぇ」


 やっぱり難しいか。

 僕が諦めかけた時、旦那さんが難しそうな顔をしながら調味料を手に取った。


「うん? あんた、どうしたんだい?」

「・・・・・・ちょっと待ってろ」


 旦那さんがそう言って厨房の奥へ行き少ししてから帰ってくると、彼が持っていたそれは僕が良く知る姿

 

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