3‐⑭ 兎はプロの実力を知る

 白いケチャップもどきが、赤いケチャップになって返ってきた。

 僕はそれを一匙掬い、口に運んだ。


「・・・ケチャップだ、完全にケチャップだ」

「プリカを・・・粉にして、混ぜた」


 僕の馴れ親しんだ味。

 旦那さんは何と僕のずっと欲しかったものを、ヒントもなく完全再現してしまった。


「ピアちゃんっ、ミミちゃんっ! ケチャップだよっ、これがケチャップ! これでスラムの子に出して貰う予定の料理も出来るし、二人に美味しいものが作ってあげられるよっ!! やったぁーー!!」

「真っ赤なのに辛くないの、不思議なの」

「がぅ?」


 二人にとって『赤色=辛い』というイメージらしく、辛さの全く無いケチャップを不思議そうに味見をしては首を傾げていた。


「格段に味が良くなってるじゃないかい! あんた凄いねっ、貴族の料理人に出来なかった事をするなんて、惚れ直しちまったよ!」

「止せ・・・子供が見ている」


 うむ、仲良きことは美しき哉。好きなだけイチャイチャしてくれたまえ!


「あと、これもだ・・・使うだろう?」

「え、これって!?」

「ピクルスと・・・マスタード、だ」

「─っ!! 使うっ、めっちゃ使うっ!! ありがとうっ凄い嬉しいっ!! これでピアちゃん達に、本物のハンバーガーを食べさせてあげられるっ!!」

「スラムの子を、助けるんだろう? ・・・頑張れ」

「うんっ、がんばるっ!! ありがとうっ!!」


 僕は旦那さんにギュッと一度抱き着いてから、以前約束した酵母と、お礼にマヨネーズとケチャップをお裾分けする。


(明日、絶対ハンバーガー作ろう! 明日が楽しみだ!)


 僕は気分良く、くるくると踊りながら部屋に戻った。


 ◇


 喜びの舞を踊りながら部屋に戻る姉妹を、アネッサ夫婦は見送る。


「本当に可愛らしくて、良い子達だねぇ」

「あぁ・・・」


 ささやかな事に一喜一憂する姉も可愛いが、姉から離れまいと常にくっついている妹も非常に愛らしい。

 本当に見ていて飽きない二人。いや、二人と一匹か。


「あんた、もうちょっと愛想良くしておやりよ」

「・・・すまん。苦手でな」


 アネッサの旦那でこの宿の調理を任されている男──リュウジは寡黙なわけでは無い、ただ話すのが苦手なだけだ。

 それを知っているアネッサは特に責めることはしない、そういう所にも惚れて一緒に居るのだ。


「そう言えばあのケチャップだっけ? 何で赤色にしたんだい?」

「ケチャップは赤色・・・昔からそう決まっている」

「ふーん。マヨネーズやピクルスにしてもそうだけど、あんた昔から変な事知ってるね」


 アネッサの言葉にリュウジは、遠く故郷を思い出す。

 もう帰ることの出来ない故郷、ならばせめてと思い出の食べ物を再現しようと努力したが上手くいかなかった。

 諦めかけていた時、あの少女達が姿を現した。

 彼女が再現してくれた、久々の柔らかいパンに思わず涙が溢れた。


「昔、ちょっとな・・・」


 この娘の力を借りれば、きっと再現できる。リュウジの心に再び火が着いた。


「ところで、アタシもあんな可愛い子供が欲しいんだけど?」

「むっ・・・努力はしよう」

「あんな感じの姉妹と、その後に可愛い男の子が2〜3人欲しいねぇ」

「・・・多くないか?」


 今宵、リュウジの男が試されるのだった。


 ◇


 それから二日間は、朝からハンバーガーを作って僕と旦那さんが涙を流したり、完成したケチャップを使い出品するメニューを考えたり、針子のお姉さん達に指導をしながら過ごした。


 三日後。領主邸でジークとエリザベートにかぎ針編みを教えていたところ、オキナさんから参加者が集まったとの返事が来た。

 僕達は前回と同じメンバーと護衛2名、そしてマルセナさんを含めた8名と一匹でスラムへ向う


「何でマルセナさんが居るんです? この伯爵夫人自由過ぎない?」


 何でかこの人も市民の服着てるし。しかも子供服。


「えっ? 父上から、母上の監視は姉様がして下さると伺いましたが?」

「初耳だがっ!?」


 アルバートさん、さては面倒になって僕に投げたなっ!!

 横でニコニコとしながら着いてくるマルセナさんの顔を、無性に殴りたい。


「良いじゃない、私も暇なのよぅ! ね、勝手な事しないから連れてって。ママからのお願い♪」

「誰がママじゃい!」


 しかし結局置いて行っても勝手に着いてくるので、連れて行って見える所に居て貰った方が安心かも知れない。

 この人は子供かっ。いや、見た目が子供な分たちが悪いな。


「お姉様、申し訳ありませんわ。お母様がご迷惑を・・・」

「本当にご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」

「いや、二人が謝ることじゃないから、気にしないで」


 本当になっ!!

 僕はマルセナさんのストッパー係として、ピアちゃんにずっと手を握っていて貰うようお願いした。

 ピアちゃんも流石にジーク達を不憫に思ったのか、快くその役を引き受けてくれる。


(言っておくけど、ピアちゃんを困らせるって相当ヤバいからなっ!)


 そうメッセージを込めてマルセナさんを睨むも、彼女はピアちゃんと楽しそうに手を繋いでいるのだった。


「おい、兎。この女、本当に伯爵夫人なのか? ってか、伯爵夫人ってこんなあちこちに居て良いもんなのか?」

「ひっじょーーうに遺憾だけど、この人が伯爵夫人だよ。あとフットワークが軽いのは、家族全員かな」


 世紀末な男、ゴンズすら戸惑わせるスピンドルの妖怪マルセナさん。

 もう手が付けられない。僕は出発する前から疲れていた。


 マルセナさんの事を気にしたらキリがないので、スラムの事に話題を移す。


「どのくらい集まってるかなぁ。10人でも居てくれたら良いんだけど・・・」

「そうですわね、初めは少人数でも構いませんので働いて頂いて、信用を得てから増やすのが現実的ですわ」

「まぁ多いに越したことは無いですけれどね」


 売る人、作る人、採ってくる人等考えると、最低でも15人は欲しい。でも無理を言えば余計に信用が無くなってしまうので、集まってくれた人達と頑張るしか無い。

 エリザベートの言うように、信用を得れれば人数は増える筈なんだから。


 それから、人数配分や教える頻度、運営方法などを詰めていく。

 ジークとエリザベートが頭の良い子で良かった。大人サイドの、護衛さんは話に入るわけにはいかないし、ゴンズはおバカだし、マルセナさんは参加する気配すらない。

 この二人が居なかったら、マジで孤軍奮闘しなきゃいけないところだ。

 僕は二人の頭を撫でて、貴重な人材に感謝するのだった。


 スラム街には、市街との境界線から見て左奥に少し背の高い建物がある。

 スラムに入って少し、その建物を指差しゴンズから注意を促された。


「あそこに少し高ぇ建物があるだろ? 全員、絶対あの建物には近づくなよ。あそこは外国からの犯罪者が山ほど集まってるってぇ話だ、俺んとこのガキにも行かねぇよう言ってある。碌な目に会わねぇから注意しろ」

「あらー、まだそんなところがあったのねぇ・・・」


 マルセナさんが建物に目を向けながら呟く。嫌な予感しかしない。


「マルセナさん、『近づくな』って意味わかりますか? 『向こうに行くな』って意味ですからね、近くないからセーフとか無いですからね?」

「分かってるわよぉ。私はもう大人よ? それぐらい分かってるわー」


 知ってる、マルセナ幼女55歳だもんね。

 僕はマルセナさんに一抹の不安を抱きながら、オキナさんの居る右側のエリアに進む。

 オキナさんは家ではなく広間の方で待っていてくれたようで、進んですぐに会うことが出来た。


「おぉ、ユウ様。ピア様。本日もご機嫌麗しく存じます!」

「いやいや、貴族はこっち。雇い主もこっち。僕じゃなくてこっちに挨拶して」


 スピンドル兄妹は、相変わらずなオキナさんに苦笑いしている。


「これは申し訳ありませなんだ。早速ですが、参加希望者はこちらにおります。ささっ、広場にどうぞ」


 オキナさんに促され広場の中に移動する。

 さて、何人集まったのか。広場に居るんだから10人以上は居そうだ。

 そう予想しながら広場を見た僕は、目の前に広がる光景に絶句する。


「「「神獣様っ!!」」」


 そこには50人を超える獣人達が僕に向かって祈りを捧げていた。

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