3‐⑮ 兎は新興宗教を立ち上げない

 広場で綺麗に整列し、片膝を着いて祈りを捧げる獣人の皆さん。

 人族も数名居るが、そちらはゴンズに駆け寄り世間話をし始めた。


「あの・・・、オキナさん。これはどういう状況ですの?」

「皆、この辺りを住処にしておる獣人ばかりでしてな、神獣様の事を伝えましたら皆が皆協力したいと声を上げまして。いやぁ、ここまで収拾を付けるのに三日もかかりましたぞ。ほっほっほっほぉー」


 ・・・なるほど、人が集まるのに三日もかかったんじゃなくて、集まりすぎて大変だったから三日もかかったのね。


(この人達、神獣様とやらに希望持ち過ぎでしょっ!)


 集まり過ぎて、何か民族大移動みたいになっていた。

 オキナさん含め、皆勘違いしたままだと問題が起きるかも知れない。そう思い、頑張って身振り手振り神獣とは無関係をしたものの、「そういう事にしておきましょう」みたいな空気になった。


「し、修正が効かないっ・・・」

「まぁ良いじゃないの、問題は無いのだし! 一応説明はしたのだから、何か起きるまで様子見をすればいいのよぅ」


 楽観的だな、おい。

 結局どうする事も出来ず、現状維持となった。


 ひとまず落ち着いた為、オキナさんに話を進めてもらう。


「年齢性別は問わないという事でしたので、下は10、上は80までの参加者が集まりましたぞ!」

「あ、ありがとう御座いますわ・・・」

「ご、協力・・・感謝、します・・・」


 あまりの人数に顔を引きつらせている兄妹。

 そりゃそうだ、たぶん本当にこの辺一帯の人が集まったんだろう。

 ちなみに獣人は若い時の成長が早く、年を取るにつれて成長が遅くなるらしい。つまり働ける世代が多い種族なのだ。

 8歳でも15歳くらいに見える・・・あれ? じゃあ今の僕って何歳に見えるんだろう?

 今度聞いてみよう、今は先にやることがある。


「とりあえず、人を振り分けようか?」

「・・・指示役は姉様にお願いしても良いでしょうか?」


 集まっちゃったもん、やるしかねぇじゃん。

 僕達は挨拶もそこそこに、出来そうな・やりたそうな仕事に振り分けていく。

 その結果、アクセサリー・編みぐるみを作る『手芸チーム』に10人、仕込み・調理を担当する『料理人チーム』に13人、販売・会計を担当する『接客チーム』に10人、採取・護衛を担当する『冒険者チーム』に12人、その他運搬や雑務を担う『万屋チーム』に15人といった振り分けになった。


 凡そ平均的に分けられたように見えるが、たぶん手芸・接客チームが手薄。万屋チームがやや多い。

 まぁ、この辺りは運営していくうちにバランスよくなるだろう。

 子供は希望通りに振り分け、大人は出来そうな範囲でバラけて貰い、子供達のサポートを頼んだ。


「何にしても人手が足りないですね、予想以上に集まってしまいました」

「そうだねぇ。嬉しい悲鳴を通り越して、ただの悲鳴になったね。困ったなぁ・・・」

「おねーちゃんっ、犬さんとか猫とかいっぱい居るのっ! モフモフなのっ!」

「ピアちゃんが喜んでるし、何とかなりそうな気がしてきた」

「お姉様・・・それは何の保証にもなりませんわ」


 これからどう運ぼうか、頭を悩ませる僕達。

 そこにある人物から解決策がもたらされる──マルセナさんだ。


「あら、人手ならもう手配しておいたわよぉ? 冒険者から『鋼の旋風』の3人、料理人でウチの厨房の若手2人と宿屋の夫婦、あと商業ギルドから職員1人ね」


 マルセナさんに全員の視線が集まった。


「この先、人が増えることなんて決まり切っているのだから、早めに人手を抑えておかないと困るに決まってるじゃないの! ウチの子達は、頭は良いのにそう言うところはまだまだねぇ~~」

「うっ・・・」

「申し訳ありませんの・・・」


 マジかこの人、確かに先んじて抑えられるのが理想ではあるけど、そんなのギャンブルだよ?

 捕らぬ狸の皮算用だよ、失敗したらお金の無駄になるのに凄い度胸だな。


「あらユウちゃん、私言ったわよ『暇だ』って。仕事を終わらせたから、暇だったに決まってるじゃないー。仕事してないとでも思ったの? ヒドイわねぇ、ママ泣いちゃうわよ?」

「うっ、面目次第も無い。でもママではない」


 毎回訂正しないと、言質取られてジークと結婚させられそうで怖い。


 とりあえずマルセナさんの機転のお陰で、さっそく行動に移せそうだ。

 仕事がもらえるからだろうか、表情の明るい獣人の皆に声を掛けると「よろしくお願いしますっ!」と元気よく返ってきた。


 まずは全員、移動する前に身なりを整えて貰い、そこからチーム毎の指導場所へ移動してもらう事になった。

 ジークたちは途中孤児院に寄って、希望者を連れてくる手筈になっている。

 五つに分けられたチームに対し、僕の体は一つ。従って、行けないチームには他の人が着くわけだがこの中で僕が最初に行くべきは『接客チーム』だ。

 冒険者チームにはスラムで顔の知られてるゴンズが居る。手芸チームは皆と顔見知りかつ同年代のジークとエリザベートが、料理人チームは少し心配だがマルセナさんが上手くやるだろう。

 となると、顔見知りも居ない万屋・接客チームは僕が対応するしかない。

 ちなみに万屋・接客チームは共に領主邸の一室を借り、商業ギルド職員さんによる国語と算数の授業を受ける。


「はいじゃあ、万屋・接客の二チームは僕に着いてきてね。文字とか計算を覚えてもらうよー」

「「「はい、神獣様っ!」」」

「お姉ちゃんの組だって、良かったね!」「うん!」「お勉強、好き」


 合流した孤児院組も含め30人に膨れ上がった一行に、エリザベスさんも加わり大移動する。


「孤児院は幼少組以外全員参加するんですね?」

「あぁ、この子等も将来について色々考えていたみたいでね、話を聞いて嬉しそうにしていたよ! アタシも流石に勉強を見てやるところまで手が回らないからねぇ、こういう話は大歓迎さ。本当にありがとうね、子供等の事を考えてくれて」


 義務教育が無いこの世界では、文字と計算が扱えるだけで未来が切り開ける。

 学の無い者は余程の運が無いと冒険者になるしかない。

 エリザベスさんも卒院生が出る度に、丁稚願いを出したり、弟子入り先を探したりしていたらしい。

 大変だったんだろうな、エリザベスさんは本当に嬉しそうだった。


「勉強を教えるのは僕も参加しますし、最終的には参加者全員に教えますので安心してください。僕は足し算・引き算・掛け算・割り算・因数分解に三角関数も出来ますので任せて!」

「それは呪文か何かかい?」


 異世界言語スキルにより読み書きが問題ない僕は、職員さんと手分けして文字を教えていく。ちなみに派遣されてきた職員さんは、僕が冒険者ギルドで売り買いをする際に担当してくれた人だった。

 皆に教えるついでにピアちゃんとミミちゃんも生徒として参加してもらう。二人共文字はともかく、計算は怪しかったので丁度良かったのだが、何でミミちゃんが字を書けるのかは不明だった。


 それから数日、集まっては勉強会をしたらご飯を食べて各々帰宅する日々が続く。

 今回の協力者の中に居た『宿屋の夫婦』と言うのはアネッサさん達の事だった。

 以前旦那さんがケチャップを完成させてくれたと報告したところ、料理長さんと意気投合したらしく、今では週末にお酒を飲みに行く中になったのだとか。

 アネッサさん曰く、最近旦那さんは昔のように料理の研究に勤しむようになり、まだ見ぬ食材を求める旦那さんと、新しい技術を求める料理長さんはwinwinの関係らしい。

 やはり同じ趣味の者は惹かれ合うという事だろう。


 準備はこのまま問題なく進むのだろう、そう思った頃ある問題が発生した。

 三日目を過ぎた辺りから、僕を万屋・接客チームが独占していると不満が出始めたのだ。

 独占って何やねん、僕もお仕事してるんだけど? と言いたいところだが、元々獣人組は僕が目的で集まった様なところがあるので、不満が出るのも仕方ないのかもしれない。

 面倒だけれど全員が環境に慣れるまで、僕は定期的にチームを回ることになった。

 本来もっと立場のある人間の役割な気もするが、気にしちゃいけないんだろう。


 そのような感じで途中休暇やギルドで依頼を熟しつつ、2カ月間かけて準備を進めていくのだった。


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