4‐㉑ 猫は真面目な空気に怯える

 アルバートさんに会うため客間へ移動している最中、何だか背中がゾワッとする。


「──っ!?」


 悪意じゃないんだけど、邪な何かを感じる。

 きょろきょろと周囲に意識を向けると、すれ違うメイドさんが僕を湿度高めの熱い視線で見詰めていた。何だろう?


「あー、ごめんねぇ。あの子達には後で注意をしておくわ、ユウちゃんの貞操は守られてるから安心してねぇ」

(え、貞操? マジで何なの?)


 そんなやり取りをしている内に客間に辿り着いたが、部屋の前には何処かで見たことがあるスキンヘッドの男がいた。

 でも僕にはスキンヘッドの知り合いは居ない。


「よぉ、兎! やっと起きたんだってなぁ。心配させんじゃねぇよ!」

「・・・・・・・・・・・・ゴンズ?」

「間が長ぇよっ!?」


 やっぱりゴンズだったっ! モヒカン何処に置いてきたっ!?


「ゴンズッ、本体モヒカンどうしたのっ!?」

おれはモヒカンの付属品じゃねぇっ!! あー、あれだ。嫁さんがモヒカンは止めてくれっつーんで仕方なく・・・」

「そうだっ! ゴンズ、結婚したんだってねっ! おめでとう、今度闇討ちお祝いしに行くね!」

「お前は普通に祝えないのかっ!?」


 冗談じゃん! 仕方ないので今度別の形でお祝いを渡そう。


 僕等が客間に入ると、中には救助隊の主要メンバーが揃っていた。僕が起きたタイミングでマルセナさんが全員に連絡を入れていたらしい、相変わらず仕事が早い。

 皆は口々に「心配していた」と声をかけてくれた。中でもクレアさんの号泣っぷりが凄くて、僕はその後の話し合いを彼女の膝の上でする事になるのだった。


 ◇

 

 一通り言葉を交わし終わったところで、情報交換の環境が整った。

 だが何だろう・・・空気が真面目というか、何か雰囲気が違う。


「さて、ユウの無事も確認できたところで本題に入るぞ。今回あまりにも未確認情報がありすぎる。だから知っていることを正直に話して欲しい」

「う、うん・・・」


 領主として確認しておかなきゃいけないからだろうか、彼の雰囲気がちょっと怖かった。


「まず、ユウ。お前の正体は・・・神なのか?」


 まぁまずそこだよね。

 微妙に信じきれていないのは、恐らくアルバートさんが『共有化』を見ていないからだろう。


「そうですね、正しくは半神人という神のハーフって感じです。そしてミミちゃんやアニマル’sは僕の能力で生まれた子達ですね」

「なる程な、眷族というわけか」


 何を考えているのか分からないが、僕の言葉に半目でミミちゃんに視線を移す。


「では、神にも関わらず放浪しているのは何故だ? 神ならば顕現した場所に定住して恩恵をもたらすのが常だろう。何故この街に来た、何の目的がある?」

「いや目的なんて・・・、とりあえず編み物を流行らせたいと思って、それだけで・・・」


 アルバートさんが真面目な表情でこちらを見る、その普段と違う顔はまるで僕を睨んでいるようで、ちょっと怖くて。


「そもそも半神とはいえ、一か所に神が二柱居るというのも異常事態だ。過去王国の歴史上でも、一度も聞いたことが無いぞ」

「えっと、その・・・二人なのも色々と込み入った事情があって・・・。その、ピアちゃんが悪い人に襲われて・・・その・・・」


 普段と違う雰囲気に、言葉が上手く出てこない。


「それに神は人間のいさかいに関わるのも禁止されていると聞いたことがある、今回の件はその範疇外なのか?」

「そのっ、そういうのは僕よく分らなくて。・・・その・・・ぅ・・・わ、わか、分からっ」


 なんて伝えたら良いんだ? 僕が元地球人で、しかも男で、死んじゃってこの世界に来て、ピアちゃんも一度死んでいて、でも助かって、僕とはある意味同一人物ででも別人で・・・


「どうした? 知っていることを言ってくれたら良いんだ、俺は別にお前達を責めているわけじゃない」

「だから・・・編み物を、はや、流行ら、せた・・・く・・・て・・・」


 彼の言う通り、僕達は何も悪いことはしてないし、悪い事をするつもりもない。

 でも「怒られている」という感情が心に広がって、だんだん口が開かなくなったきた。


「それをしてお前達に何の利があるんだ?」

「ピアちゃんが・・・ピアちゃんを・・・僕は、何も・・・」

「ただ俺は、たとえ神が相手であったとしても領主として街の安全を確認せねばならないだけだ。お前達は神託を伝えに来たのか? それとも災禍が起こるのか?」


 目的はさっきから言い続けているし、敵組織の事は名前以外何も分からないし、テラ様からは神に戻れって言われているだけだし・・・でもどのくらい掛かるか分からないし・・・。


「ちょっとアルバート、そんな聞き方しなくてもぉ」


 ぽたっ・・・


 マルセナさんが流石にアルバートさんを諫めようとした時、ピアちゃんの頬に冷たい滴が落ちた。


「「「「えっ⁉」」」」


 皆の視線が、驚愕の声と共に僕へ集まる。

 僕の目からは、自分でも気づかないうちに涙が零れていた。


(そんないきなり聞かれても、僕だって分かってない事多いのに・・・)


 組織の事だって先日初めて見たし、アルテミス様も詳細を知らないみたいだから何も教えて貰ってない。


(別に悪い事だって考えて無いのに・・・でも全部伝えたって混乱するだろうし・・・)


 僕はピアちゃんを神様に戻すために、大好きな編み物を流行らせたいだけで悪い事なんてするつもりも、したつもりもない。

 事情も込み合っているから、どう伝えたら良いのか分からない。


(元男だって言ったら流石に軽蔑されるかもしれないし・・・そんな、そんな言い方しなくてもぉ・・・)


 神様だってバレた時も冒険者の皆は何も言わなかった、むしろ歓迎してくれた。

 アホだなって思ったけど、それでも嬉しかった。安心した。

 これなら大丈夫だって、ガルドさん達だって、エリザベート達だって、マルセナさんだって・・・アルバートさんだって、歓迎してくれるって、そう思ったのに・・・。


「うぇ・・・うぇええぇぇぇぇん!!」

「お、おねーちゃんっ⁉」

「ぎゃうっ⁉」

「僕だって。分かんない事、いっぱいあるんですっ!! 言って良い事か、分かんない事も、あるんですーー!! だから、そんな言い方しなくてもぉぉぉっ!! うぇぇええぇぇぇぇぇん!!」


 本当に色々ありすぎて、今日だって起きたら一週間も経ってて、良くわかんないけどそれでも頑張って何をしたら良いのか考えてたのにっ!!

 なのにっ、なのにそんな怖い聞き方しなくてもっ!!


 上げてから落された絶望に揺さぶられた僕の心はあっという間に崩壊し、ただ「アルバートさんによく分らないけど怒られている」という感情に支配された。


「ひんっ、ひんっ、びええぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「ほ、ほらっユウちゃん。お姉さんがここに居るよー、怖くないよー、いっぱいギュッとしてあげるよー」

「お、おねーちゃん、気持ちは分かるけど泣いちゃダメなのっ! ジー君のパパは全然怒ってないのっ!!」

「ぎゃうっ、ぎゃうっ! ペロペロ」

「お父様っ、何てことをするんですのっ!!」

「アルバート、ユウちゃんは男の子っぽい性格でも女の子なのよぉ? そんな威圧しなくても・・・」

「お、俺は、全くそんなつもりじゃっ⁉ ただいつも話が脱線するから、真面目に話をしたくてだなっ!! だいたい、いつも話をお前が逸らすからだろうっ⁉」

「黙りなさい」

「はい・・・」


 皆から全力で慰められる僕と、対照的に非難の視線を浴びるアルバートさん。

 最初の雰囲気は何処へ行ったのか、アルバートさんは居た堪れない様子で小さく縮こまっていた。


 ◇


 それから30分ほどして泣き止んだ僕は、ぽつりぽつりとテラ様から伝えられた事をアルバートさんに説明した。

 その間、クレアさんは僕を抱き締め、エリザベートは僕の涙を拭き、ピアちゃんは僕の手を握っていた。ミミちゃんは相変わらず僕を舐めている。


 僕達が元々一人の神だということ、ピアちゃんが一度襲われて死んで、助けるために二人に分かれたこと、リアムの転輪との関わり、これからの目的。

 流石に僕が異世界人で元男だということは省いた。情報過多になるし、知ったところで意味が無いからだ。


「図らずも私達が提案した事業が、お姉様達の力を取り戻す一助となっていたのですわねー! 良かったですわー! なでなで~~」

「ユウちゃん達は姉妹じゃ無かったんだぁ、だから初めて会ったとき鏡を見てビックリしてたんだねー! お姉さん、納得したなぁー! なでなで~~」

「元同一人物で現在別個人、ややこしい状態だな」

「あらぁ? そういえばピアちゃんは糸の神様なのよね? じゃあユウちゃんは何の神様なのかしらぁ?」


 ・・・そういえば何の神なんだ?

 神は例え半神人だろうと必ず『象徴』と『司るもの』を持っている。『象徴』はたぶん糸だろう、この体はピアちゃんの体だしスキルもそれに付随するものだから。じゃあ『司るもの』は? 編み物か? いや、意味が分からんな。

 『司るもの』は心に連なるものだ、例えば『平和と愛』や『歌』がある。


 しばらく考えたがよく分からないので、「また、テラ様に聞いておきます・・・グスッ」と言ったら皆顔が引き攣っていた。

 僕は何気なく言った一言だったが、皆には「テラ様パパに言いつけてやる」と聞こえたらしい。


「それにしても、リアムの転輪に悪喰、更には帝国の影か・・・話は一国で終わらせられるものでは無いな」


 いや本当にマジでな。僕だって戦うのは悪喰だけだと思っていたら、初戦からリョウメンスクナとか出てきてビックリだわ。


「ユウ、お前は糸の布教以外は自由に動いて問題無いのだな?」

「う、うん、大丈夫。寧ろいっぱい移動して文化を、広めたい・・・です」


 まだちょっとアルバートさんが怖い。

 ピアちゃんを抱き締めて顔を逸らす僕の様子に、アルバートさんは少しショックを受けた様子を見せながらも言葉を続けた。

 女性陣からの非常に冷たい視線を受け、居心地が悪そうだ。


「そろそろジーク達のお披露目もあるから丁度良いな。ユウ、一緒に王都に行くぞ! 『アルバート?』──一緒に来てくれないか? いや、本当に頼む。挽回の機会をくれ」


 アルバートさんの事なんて知らん。

 しかし、これまでシルクマリアの中でのみ行われていた布教活動の舞台が遂に街の外へと広がる。僕は涙ぐみながらも、そんな未来に少し、本当に少しだけわくわくしていた。


 でもとりあえず今はアネットさんの所に帰って、一週間ほど引きこもりたい。

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