3‐⑰ 兎は子供達と戦場へ向かう
さて、何とも言えない始まり方をした料理と編み物アクセサリーの販売。
現在は大体7時頃で、場所は冒険者ギルド前。
一番忙しい時間が過ぎ、現在ギルド内に残っているのはある程度時間に余裕のある人達、軽食はこの人たちにターゲットを絞り販売することにした。
冒険者はいい依頼を取るために、大急ぎでギルドへやってくる。
その為、朝食を抜いている者が多いのだ。
そんな者達で賑わってるギルド前で、ソーセージを焼き、団扇で
ジューー・・・
肉の焼ける、何とも言えない良い匂いが周囲に漂う。
僕達はそのソーセージを焦げない内に、次々パンに挟んでいく。そう僕達はホットドッグを作っている。
「いらっしゃいませ、軽食露店『白兎』です!」
「おいしくて、おなかにたまる、りょうりはいかがー!」
「とっても美味しいの! 一度食べて欲しいの!」
当初の予定では、店舗に人を呼んでハンバーガーをメインに販売する筈だったのだが、この世界の人はケチャップを知らない。
以前のピアちゃんのリアクションからも分かるように『赤い=辛い』と見られる可能性がある為、見知らぬ食べ物を見るために入店して貰うのは敷居が高い。
そこで、人の多い場所で嗅覚に訴える作戦に出た。
“辛いかも知れないが、美味そうな匂いがする“、更に手に取りやすいとなれば、自然と手が伸びる。
そして商品は調理もテイクアウトもしやすいホットドッグに変更、見ているのはジャンクフードが好きそうな冒険者。
最早、確信に近い勝利が見えているが、更に一手を打つ。
「子供達よ、一つ貰えるだろうか」
「あ、ギルマスさんいらっしゃい!」
まぁサクラと言っても、「最初に来てね」と伝えただけで見るのも食べるのも初めてなのだが。
突然の大物登場に子供達はすごく喜んだが、仕事を思い出し緊張しながらも丁寧に接客をする。
「あついので、きをつけて、くださぃ!」
「うむ、感謝する。仕事頑張るのだぞ」
子供達を応援した彼は少し横に移動し、大きなホットドッグを一口で食べた。
(・・・よく入ったな、喉に詰めないでよね)
口に入れ二・三回咀嚼したあと、目を見開き叫んだ。
「う、美味いっ! 何だこれはっ。塩でも胡椒でもない、刺激と酸味が癖になるっ!! すまないっ、あと3つ・・・いやっ、5つ売ってくれるかっ!」
未知の味に感動したらしいギルマスさん。
彼はその後ホクホク顔で部屋に帰っていったが、そんな様子を見て冒険者達が群がってきた。
やはり彼らの嗜好にホットドッグは合っていたのだろう、商品はどんどん減り、更に人が人を呼んだ。
売れ残る可能性も考えていたホットドッグは閉店1時間前にして完売となった。
◇
確かな手応えと共に、完全勝利を収めた露店午前の部。
お昼を挟んだここからは場所を変え,アクセサリーを中心とした編み物商品を売る午後の部となる。
「皆っ、ここからが本番だよ! モデルの子、きれいに着飾ってきた? 販売担当の子は陳列、値札大丈夫? お金は見えない所に準備するんだよ!」
「大丈夫!」「キレイにしてもらったよ!」「ピアも大丈夫なの!」
皆から元気のいい返事が返ってくる・・・ん? 何でピアちゃんも参加してるんだろう? そう言えば午前のときも店頭に居たな、まぁ楽しそうだから良いか。
「冒険者チームっ、君たちは特に今から大変だから頑張るんだよ。人の整理や雰囲気に気を付けてね! じゃあ、行ってこーいっ!」
「「「はいっ!!」」」
子供達は、スラムから共に集まってきた大人の手を引き、店に向かった。
今回参加した人達の中でも、年齢の高い子と大人で構成された露店午後の部。こちらは午前と比べ接客が難しい。
午前はほぼ冒険者のみを対象としているうえ、シルクマリアの冒険者は基本的に行儀が良い。また、食べ物という勧めやすい商品の為、良い物であれば失敗は少ない。
だが午後は他店も並ぶ露店通り、しかも相手は一般市民だけでなく目の肥えた商人も含まれるうえ、売っているのは編み物アクセサリーである。
恐らくだが編み物アクセサリーというものは、この世界で今初めて誕生した全く未知のジャンルだ。
そんな物を「どうぞ見て下さい買って下さい」と言うには敷居が高すぎる。良いものかどうかが判断つかないからだ。
そこで僕はまず敷居を下げる一手を打った、それが『モデル』だ。
孤児院とスラムメンバーの中から希望者を募り、隅々まで洗い、整え、着飾ると、貴族や豪商の子息令嬢かと見粉うほど綺麗になった。
そんな大人子供達が、繊細で見たこともない編み物アクセサリーを着けていたらどうだろう?
見た者は「なるほど、こう使うのか」「見たことも無い物だが良いものだ」と考える。つまり視覚サンプルを与えるのだ。
しかも、金属や宝石に比べ値段もリーズナブル。万人受けする物でないのも確かだが、一般市民的には安くてオシャレな物は受け入れられやすい。
更に軽くて壊れにくいので、行商人も手が出しやすい。
そして次に客対応。マルセナさんから上品な所作を、販売の子に日本風の接客を学んで貰った人達に店頭での接客をして貰う。悪い言い方をすればキャッチだ。
キレイな格好をした子供に、「奥様やお嬢様にお一つ如何ですか?」等言われたら、愛妻家な男性などは一発KOされるだろう。
そして商品を見れば、まるで貴族にでもなれたかと思う程の丁寧な接客。値段も相まって、ついつい手が伸びてしまう。
「手芸屋『白兎』です、優しく美しい装飾品に興味は御座いませんか?」
「装飾品だけでなくぅ〜、人形や膝掛けなども販売しておりますぅ〜」
「ピアも頑張って編んだの、ちょっとでも良いから見ていって欲しいの!」
軽いからこそ実現する小さくも繊細かつ豪華なデザイン、糸という優しさと身近さを感じる素材、イヤーカフを始めとした今までにないタイプの形。
更に、お年を召した女性は重い装飾品を嫌う傾向にあるが、これならば条件をクリアしている。
手の出しやすさに立ち寄った市民や、商機を見出した商人たちによって商品は瞬く間に売れて、こちらも閉店時間には8割を売り尽くすという大勝利を得た。
◇
やや夕方に近い時、露店を片付けた一同は揃って領主邸の庭に集まっていた。
初めは庭に入るのでさえおっかなびっくりとしていたスラムのメンバーだが、流石に一ヶ月以上出入りを繰り返せば慣れたものと各々リラックスした状態で一同前に注目している。
「皆、今日はよく頑張ってくれた。店が上手く行った事もそうだが、何より皆の頑張りが報われた事に、領主として大変喜ばしく思う」
アルバートさんの言葉に涙ぐんでいる人も居る。
散々底辺での生活を強いられた人達だ、その喜びもひとしおなのだろう。
「特に騒動もなく終わり、俺も一安心だ! これからも店の質を落とすこと無く、また技術の向上を目指して貰えたらと思う! では、難しい話は終わりにして飯を食うぞっ、皆も遠慮せずに食えっ!」
「「「おーー!」」」
実にアルバートさんらしい言葉で括られた後、次々と料理が運ばれた。
孤児院の子の頑張りを間近で見ていたエリザベスさんは、子供達を抱き締めながら大泣きしている。
愛に溢れた女性の愛情表現は、実に豪快だった。
他にもスラムのメンバーは、教わった教師役や共に来ていた親御さんに報告しては褒めちぎられている。
大仕事を達成した子供達の顔には、確かな手応えと成長、そして喜びに満ちていた。
しばらく食事を楽しみ腹も膨れた頃、再びアルバートさんから声が掛かった。
「皆、腹は膨れたか? ではそろそろ締め括りに一番の立役者に言葉を貰うぞ! ユウ、何か喋れ」
「何っ、そのパスの仕方っ!?」
未だかつて、こんなにも乱暴な話の振り方が存在しただろうか。
まぁそれは置いといて、何故僕が立役者なのか。
こういうのって、貴族の人が一番の立役者になって権力とか色々なのに役立てるもんじゃないの? 何で平民を立役者にするんだよっ!
皆、特に獣人からの期待の視線が突き刺さって文句が言い辛い・・・。
だが黙っていても仕方ないので、ひとまず話す事にした。
「えー、みんなご苦労様。特訓の成果も発揮されていて、百点満点の結果だったと思います。明日以降も仕事は続きますが、続けていれば問題も出てくるかもしれません。油断だけはしないようにね! あと、獣人の皆さん。僕の事を神獣様と呼ぶのは止めましょう、呼ばれてももう反応しません。呼ぶならユウと呼んでください、以上!」
「「「ブーブーッ!」」」
拍手と共にブーイングが飛んできた、君らどんだけ僕を神獣呼びしたいんだよ。
僕は珍獣ではあっても、神獣ではない。いい加減諦めて欲しい。
こうして色々とドタバタとはしたが、大きな問題も無く計画は成功を迎えた。
小デブ貴族の再報復を警戒していたのだが不思議なくらい何も無く、きっとこのまま幕を閉じるのだろう、そう思っていた。
だが僕が考えている以上に人の欲と悪意には際限がなく、僕の知らない所でゆっくりと、しかし確実に魔の手は忍び寄っていたのだった。
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