第四章 犯罪組織と新しい仲間

4‐① 兎の休息と騒動の始まり

 ユウ達が露店を始めるおよそ二ヶ月前、スラム街のとある部屋で龍人族の男──『赤鱗』と呼ばれる男が窓から見える覇気のない町並みを眺めていた。

 男の居る建物は他の建物に比べ背が高く、まるでスラム街を見下す為に建っているかのようだ。


 現在、定期的に行われている取引の時期が迫っており、男は今気が立っている。

 面倒事でも起こそうものならば鋭い爪と牙の餌食にされる。それが分っている為、部下達も安易に近寄ろうとしない。

 だが、そんな彼に部下より一報が知らされる。


「ボス、大変ですっ!! ゼニスキーのボンボンが領主に捕まりやしたっ!!」


 帝国貴族コモノ男爵の三男坊『コモノ・ゼニスキー』

 その人物はユウに撃退され、更に報復するも返り討ちにされ、名前すら覚えられることもなかった通称『小デブ貴族』のことである。

 この男は赤鱗と協力し、シルクマリアのスラムから、時には市街から子供を攫い、帝国と人身売買を行っていた。


「何をそんなに慌てている、前みてぇに出てくりゃいいだろう。それに部下達はどうした? 確か兎人族のメスガキを捕まえるってぇ息巻いてやがった筈だ」

「・・・全員捕まりやした」

「何っ? 『鉄切り』も居たはずだろう、あいつはどうした?」

「鉄切りも一緒っす。その兎人族のガキに、全員伸されやした」


 ドラコムは目を細めた。

 鉄切りは自分が率いるチームの中でも上位の実力だ、それを戦えない筈の兎人族が倒すなどあり得るのだろうか?

 信じられない、信じられないが世の中にはイレギュラーも存在する。警戒は最大限にするべきだろう。


 それに奴は衛兵ではなく、領主に捕まった。恐らくもう出て来れまい。

 何より問題なのは、ゼニスキーを失ったことで帝国との取引が出来なくなった。恐らく次の約束の日が最後になるだろう。


「分かった、こっちで対応する」

「へいっ、では俺は持ち場に戻りやす」

「いや、その必要は無ぇ」

「えっ、そりゃいったい・・・」


 ──ヒュンッ


 部下の男が意味を聞き直そうとした瞬間、赤鱗の凶爪が振るわれ、部下は一瞬にしてダルマ落としのように輪切りになって崩れた。

 少し溜飲が下がったとでも言いたげな顔で赤鱗は別の部下を呼ぶ。


「ゼニスキーは捨てる、ここを立つ前に一仕事するぞ。『馬』と『箱』を多めに用意しておけ・・・それと、そこのゴミを片付けろ」

「御意に」


 命令を速やかに遂行する部下を横目に、赤鱗は再び窓からスラム街を見下ろす。

 自分と同じで腐った街、腐った人間が集まった場所。多少多めに居なくなったところで貴族共は騒ぐまい、赤鱗はそう判断し大商いの準備をする。しかし彼は知らなかった、領主の兄弟がまさかスラム街で人材確保をしていようとは。

 男の計画は二羽の兎の存在により足元から崩れ始めていた。


 赤鱗が新たな一報を受け取ったのは、それから二週間が過ぎた頃だった。


「ガキが捕まらねぇ? 居ねぇんじゃなく捕まらねぇってのはどういうことだ!? 手前ぇら俺を虚仮にしてんのか!!」

「ボス、事実です。ガキ共に妙な魔法がかけられているようで、捕まえようとすると体が動かなくなり、追うと道に迷います。・・・。最近スラムの獣人を中心にガキ共が大量にスピンドル家を出入りしておりまして、スピンドル家にはあの『幼魔』が居ます、恐らく奴の仕業かと」

「くそっ、忌々しい女だ」


 部下は報告を続ける。


「それと、ガキ共を扇動しているのは、やたらと目立つ兎人族の姉妹だそうです」

「また兎かっ!!」


 その兎が一体何だというのか、あちこちに出ては自分たちの邪魔をする。

 実に腹ただしい、腹ただしいがそんな事にもかまけていられない。今回の取引では当面の活動資金を得なければならない。今までのように五人十人程度を売り、小銭を稼ぐ程度では話にならないのだ。

 だがスラムがダメとなると、市街を狙わなければならない。しかし突然大人数が姿を消すと騎士団が動き出す、それは面倒だ。


「・・・孤児院を狙え」

「大丈夫でしょうか、孤児院と言えばエリザベス・ガブリエラが居ますが・・・」

「さっさと街を出れば、流石にあの化け物も追って来れねぇだろう。移動も念の為『下』から行く、その為の『馬』だ。お前は文句を言わずに従ってればいい」

「・・・畏まりました」


 赤鱗の選択がどう転ぶのか、それは神にも兎にも分からない。


 ◇


 子供達と戦場を駆け抜けた日から数日。僕は宿の部屋で、ピアちゃんに膝枕をして貰いながらミミちゃんにお菓子を食べさせて貰うという優雅な一日を過ごしていた。


「はぁ~~、天国は此処にあった・・・」

「大げさなの」

「がぅ」


 ピアちゃんも食べさせてくれるので指ごと咥えると、優しく叱られる。

 幸せだ、我が生涯に一片の悔いも・・・あるわ、いっぱいあった。

 ピアちゃんを神様に戻さなきゃいけないし、三人一緒に世界中を回りたいし、紡ちゃんにもまた会いたい。僕やり残しまくってるわ。

 自分の使命を再確認した僕は、ピアちゃんの膝の上でうんうんと一人で頷いていた。


「おねーちゃん、ところであの子達どうするの?」


 ピアちゃんが指さす先にあるのは机にうず高く積まれた、”超”大量のたまヒヨの群れ。この子達は、手芸チームの練習で編まれたヒヨコたちである。

 かぎ針を動かす練習、力加減の練習、指先で糸のスパンを調節する練習など、様々な理由で編まれたたまヒヨ。皆は初めこそ喜び部屋に二羽三羽と飾っていたようだが、流石に五羽を超えてくると要らなくなってきたらしく、捨てるのも可哀想なので僕が引き取ったのだ。

 今では更に人数が増え、30人近いメンバーとなった手芸チーム。そのメンバー全員が10羽づつ編んだとして300羽、そりゃ詰んだら山になるわ。


 「編みぐるみのスペース問題、これはニッターの永遠のテーマだねぇ」


 その後も二人と部屋でイチャイチャしていると、そんな甘々空間を世紀末な男が唐突に破る。


「兎っ!! ガキ共が攫われたっ、力を貸してくれっ!!」


 ゴンズは今までに見たことが無いような必死さだった。


「何でっ!? 今開店中で店には冒険者チームが警備してるでしょっ!?」

「違う、そっちじゃねぇんだっ!! 攫われたのは、まだ店に参加できねぇ小せぇ方のガキ共だ!! 俺等が居ねぇ間はアブねぇから家から出ねぇよう言ってあったんだが、戻ったら荒らされててガキ共が消えてたっ!!」

「攫われたっていうのは?」

「赤鱗の野郎がスラムを荒らしてガキを連れ去ってるって、爺婆が言ってたんだ!! 俺じゃどうしようもできない、こんな事言えた義理じゃねぇのは知ってる、だが頼むっ!!」


 『赤鱗』というのは、以前ゴンズが言っていたスラムを根城にしている犯罪者集団の親玉らしい。

 事を構えるには危険すぎる。更に言うなら、『スラムの事はスラムで解決する』それがあの場所におけるルールだ。それ故ゴンズも僕に頼むか悩んだのだろう。

 僕は苦悶の表情に歪むゴンズに言葉を返した。


「悩んでる場合じゃないでしょっ、おバカッ!! 子供達が危ないんでしょっ、急ぐよっ!」


 大切な人を助けるのに、何を躊躇することがあるのか。

 僕はそんな事も分からない勘違い野郎を引っ張って、まず孤児院へ向かった。もしかしたら、あそこも被害が出ているかも知れない。


「すまねぇ、すまねぇ、恩に着る・・・」


 ゴンズは嬉しさと悔しさを滲ませ、僕の後ろを走るのだった。


 ◇


「エリザベスさんっ!!」


 僕が孤児院へ走り込んだ時、中は大騒ぎになっていた。


「離しなっ!! あの蜥蜴野郎っ、アタシの子供達に手ぇ出そうなんざいい度胸してんじゃないかいっ!! 皮剥いで財布にしてやるよぉぉぉーー!!!!!!」

「母ちゃん、待てって! 気持ちは分かるが、場所が分からねぇと動きようがねぇだろうっ!!」

「ママ落ち着いてっ、今皆で調べてるからっ!」

「エリザベス様っ、もう少しお待ち下さいっ!!」


 どうやら孤児院も被害に合ったらしい。怒りに燃えるエリザベスさんと、それを止めるガルドさん達とエレナさんが居た。

 エリザベスさんの力が凄まじく、止めるガルドさん達三人は小枝のように振り回されていた。


「エレナさんはがどうして居るんですか?」

「あっ、ユウさん! 良かった無事だったんですね。実は市街の方から子供が何人にも姿を消しまして、孤児院の様子を見てくるようギルマスに言い付かって来ました。そしたらこの状況で・・・」


 街にも被害が出ていた、いったいどれだけの子供が攫われたのか。

 隣で心配そうに周りを見詰めるピアちゃんの頭を撫でる。

 被害が広がる前に対策を取らなきゃいけないので、ひとまずエリザベスさんを落ち着かせようとした時部屋に新たな人物が姿を現す──マルセナさんだ。


「エリザベス様、ご安心ください。お店の子はウチの家に避難させました、それと全ての門を封鎖しましたので犯人は街を出ることも出来ません」


 仕事はやっ!

 マルセナさんは第一報を聞き、すぐさま行動に移したそうだ。

 現在領主邸にはジーク、エリザベート、お店の人達及び周辺の住民を集めて、騎士達に守らせているらしい。


「誘拐した犯人は分かっているわ、居場所も大凡ね。ただ、子供達がそこへ連れて行かれたという目撃情報が無いのよぅ。しかも、調べたらアイツの拠点らしき場所が市街にもいくつかあったのぉ、最悪いくつかに分かれて捕まっている可能性も・・・でも全部を叩くには人数が足りないのよぉ」


 「せめて場所が絞れれば・・・」マルセナさんはそう言って、悔しそうに唇を噛んだ。


 時間が経過すればそれだけ子供達が危険に晒される、何とかして先に保護しなければならない。

 だが打開策が無い。誰もが押し黙るそんな中、唯一状況を好転させられる者の声──僕が今一番聞こえないようにと願っていた声が響いた。


「エリザちゃんのママ、ピアとおねーちゃんなら何とか出来るのっ!」

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