5-⑥ 兎は悪魔の笑みを見せる
セレナも家族に加わり一層賑やかになった僕らだが、一家団欒とあまりのんびりもしていられない。
僕が寝込んでいたり拗ねていた期間も含め、すでに一週間以上経過している。
そろそろ糸の在庫を貯めておかないと、超ヤバい。
「糸ってどのくらい要るんだろう? みんな分かる?」
「いっぱいなの!」
「こないだ朝に十箱くらい持ってたけどよ、午後にも同じ量持っていったぜ」
「一日で五玉は使うと伺ったので御座る」
んー・・・予備を含めて、一人当たり八玉で計算したほうが良さそうだな。
まぁ号数や色のあるし、使用頻度で準備する割合を調節しよう。
やっぱり人数が多いと物事がサクッと決まるね、他人の意見はあると助かる。助かるんだけど・・・。
「ねぇ、みんな僕の周りに集まり過ぎじゃないかな? 特に毛皮軍団っ! 暑いんだけどっ!?」
みんな隙あらばくっついてスリスリしてくるもんだから、毛皮+体温✕4匹で無茶苦茶暑い。
可愛いけど、離れなさいっ!
それから暫く、離れようとする僕と集まろうとするアニマル’sのじりじりとした攻防が続いた。
◇
毛糸の素材を集めよう! というわけでやってきたのは東の森。
東の森は以前ラヴクラフトを集めた事からも分かるように植物系魔獣の宝庫。だが今回はその花だけに限らず、花を付ける全ての魔獣が目的だ。
いつも通り花屋で買ったら良いじゃないかと思うかもしれないが、今回ばかりはそうもいかない。
まず一つが、そんな量の花を買い占めたら花畑が禿げ上がってしまいそうだから。
二つ目が、商品を買い占めるという行為が良くない。お店は商品を売る事と同じくらい、お店に商品があることを見せるのも大切なのだ。
そして三つ目、お店の女の子の視線に耐えられない・・・。
なんと言いますか、花屋の女の子が「いっぱい買ってくれてありがとう!」みたいなキラキラした目で僕を見てくるわけですよ。きっと僕の家はお花が咲き乱れていると思ってるんじゃないかと思う。
しかし「実は全部素材として使いました!」なんて知られた日にゃ・・・胸が痛い・・・。
僕の良心が、魔物から採れと囁いたのだ。というわけで──。
「花置いてけーーっ!!」
『ゲギャギャギャーーッ⁉』
魔物・魔獣から採れる花は基本的に大きい、小さい物でも手のひらサイズはあるのだ。
そしてサイズが大きいという事は、一つで沢山の毛糸を作ることが出来るという事。花であれば何でも良いので、僕は魔獣を乱獲しまくった。
「姫、吾輩達も散開して素材集めするのであります!」
「では吾は左へ、アトスは右へ頼む」
「俺は足が遅いから、姫さんの護衛に残るぜ!」
アニマル’sも散って狩りに参加し始める、これで花の集まる速度が上がる、予想よりも早く在庫が作れそうだ。
今回の花集めで収集したのは「ラヴクラフト(白)」「スパイスガーネット(赤)」「スカイフィッシュ(青)」「グレビーガザニア(黄)」「ピクシーヘルバテア(緑)」の五種類。
この世界の花は地球と違い用途の幅が広い。例えばピクシーヘルバテアはお茶として飲まれ、スパイスガーネットは読んで字の如く香辛料として、スカイフィッシュは花弁の身が厚くスナックのように一般的に食べられている。
ちなみにグレビーガザニアからは非常に食欲をそそる香りがする。仕舞い込むとき、ミミちゃんの涎が凄かった。
他にも色々花が手に入ったがこの五種類が突出して多く、色も被っている。
というか緑色の花なんて生まれて初めて見た、地球にもあったりするのかな?
ここに無い黒や灰色は安い鉱石から作り、紫なんかはスキルで色を混ぜて作ることが出来るので、最終的に35色ほどの毛糸が完成。二週間ほど掛けて領主邸の倉庫に置き場がなくなる程詰め込み、余った魔物素材を全てアルバートさんに
結構レアな素材もあり、それが市場崩壊しそうなほど持ち込まれたものだから、アルバートさんの顔が無茶苦茶引きつっていた。計画通り!
面白い顔も見れて満足したので、今回の事でアルバートさんは許してあげようと思う。まぁ殆ど許してたんだけど、何というかすんなり許すのは違う気がしたので切っ掛けとしては丁度良い・・・気がする?
こうして色々と作業をして、あと一週間はのんびり過ごそうかなぁと考えていたら、最後の最後でマルセナさんが爆弾を持ってきた。
◇
「ねぇ、ユウちゃん。陛下への献上品に何か良いものは無いかしらぁ?」
「献上品?」
献上品とは、今の地球でもある風習というか礼儀というか、分かり易く言うと「お土産」もしくは「プレゼント」である。
「それって絶対要るもんなんです?」
「んー、例えば陛下から登城命令があった時や、普通に業務としていく場合には要らないのだけれどねぇ。今回は陛下の生誕祭や、お披露目パーティーに殿下が参加されるからあった方が良いのよぉ。ちなみにさっき思い出したわ!」
王様の誕生日忘れんなよ・・・。
「ちょっとぉ、その目はなぁに~。私だって忘れることくらいあるわよぉ、特にどうでも良い事なんて覚えていられないわぁ」
「王様の誕生日を、どうでも良いとか言っちゃダメでしょ」
「良いのよぉ、この位の扱いでぇ」
やけに親しげだ、もしかして古い知り合いだったりするのかな?
ちなみにこの献上品という風習、貴族間では結構厄介で色々気を回さなくてはいけない。
珍しい、もしくは高価であることは絶対。そしてどういった物であるか、入手経緯、何故持ってきたのかをしっかりと端的に且、いっぱい話を装飾して伝えられるよう準備する。
しかも、ただ良い物を準備するだけでは問題があり、他貴族と被らないよう配慮しなければならない。
というわけで必然的に希少性の高い物にするのが無難だが、その珍しさが上位貴族の献上品を超えるとそれはそれで問題が出る。面子を潰してしまうのだ。
貴族界で上位貴族の恨みを買うと生きていけなくなるので、下位貴族は胃に穴が空きそうなほど努力する。
そして、問題は勿論それだけでなく、持ってきたものが敵派閥を刺激するような物であってはならない。例えば軍需物資になりうるもの、例えば敵派閥を揶揄するもの、全てがノンエレガントだ!
ちなみにアルバートさんは「辺境伯」なので伯爵位、上から数えて三番目の地位なので下位貴族に比べると胃へのダメージは少な目だ。
だが今回の問題は、そもそも物がないという話。準備しておこうよぉ・・・いや、忘れてったって言ってたな。
「そんな急に言われてもなぁ・・・あと一週間ですよ?」
「そこを何とかぁ~、ユウちゃんなら何かあるんじゃない? お礼に何でもしてあげるわよ? ジークと結婚させてあげる!」
「いらんなぁ~」
マルセナさんは好きだけど、こういう世話焼きおばさんな所が面倒臭い。
にしても、良い物ねぇ・・・マンガとかだと龍の素材とか、エリクサーとか、オリハルコンとかなんだけど、流石にないなぁ。
ドラゴンの編みぐるみとかじゃダメかな? あ、ダメ? そうですか、残念。
「珍しくて、良い物で、相手を刺激しないもの・・・あ、シルクマリアの特産品にする予定のお菓子とかは?」
「それはそれで持っていくわよ? でも流石に献上品にお菓子は・・・不敬罪で捕まっちゃうわ」
「美味しいのに・・・」
何かないかなぁ・・・貴族、貴族の好きな物・・・金ぴか、女の人、奴隷、お酒、芸術品。僕の中の貴族のイメージ最悪じゃん(笑)
・・・・・・あっ。
「マルセナさん、貴族の人って──で、──に────する?」
「そうね、そういう傾向があるわねぇ」
「なるほどぉ・・・くくく、マルセナさん良い事思いつきました」
「ふふふ、悪い顔ねぇ・・・聞きましょう、ふふふ・・・」
それから僕達二人は悪だくみを始め、アルバートさんからは「悪魔の密会みたいだ」なんて言われた。
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