3‐③ お店を始めよう

 僕は装備を付け替える際、あることに気が付いた。

 この装備はシルクブラッドタイガーをメインに作られた、この事からセット装備系は特殊個体からしか作れないのかもしれない。

 ”白兎”も気付かなかっただけでアルミラージの特殊個体だった可能性がある、だからギルドの素材に触れてもレシピ本が反応しなかったのだろう。


 以前僕は、特殊個体のオーガに対し、引き分けという名の実質敗北を期した。

 僕はまだまだ弱い、あのオーガ級の敵に会えば次こそ死んでしまうだろう。

 僕達はこれから布教活動をするために世界中を回らなければいけない、その為には力をつける必要がある。

 特殊個体を倒すことで新しい力が手に入るというのなら、これからは積極的に倒していこうと思う。


(あー、でも虫の特殊個体とか出たらどうなるんだろう・・・やっぱり虫になるのかな? カマキリとかなら良いけど、芋虫とかは嫌だなぁ)


 火星でジョージを倒す漫画を思い出しながら、僕は出来上がったばかりの赤猫を装備していった。


「おねーちゃん、新しいアクセサリーなの? プニプニしてて、お手々が可愛いの! ピアも着けたいの!」

「そう言うと思って、作ってあるよー。勿論ミミちゃんの分のリボンもね!」

「がうぅー♪」


 赤猫を装備し終わると、白兎の時と同じように体に変化が起きた。

 手の先だけだった毛皮は肘からに代わり、足も毛皮も変化。

 頭のウサ耳はネコ耳へ変わり、尻尾もやや太めの長くしなやかなものに変わった。


「ぅほぉっ! お尻がゾワゾワするっ⁉」

「おねーちゃん・・・気持ちは分かるけど、はしたないの」


 ピアちゃんから残念な人を見る視線を感じる。

 気のせいか最近よく向けられている気がするので、ちょっと自重しようと思う。


 毛皮は肘から先と膝から先、そして耳と尻尾。

 ただ白兎と違い、首元には生えていなかった。

 赤猫と言っているが、白銀の毛に赤い虎柄が入っている。恐らく元の髪色に準ずるのだろう。

 あと、変化したピアちゃんを見て気付いたが、八重歯みたいなものが生えていた。

 そして目も三白眼になっている。


「おねーちゃん、見て! ツメ!」

「何それ、面白い」


 ピアちゃんが手のひらをこちらに向け、ツメをにょきにょき出し入れしていた。

 個人的には某ヒーロー映画のミュータントみたいな爪の方が好きだけれど、あれはネコの爪じゃないので諦めるしかない。


「動きとか夜目は外に行かないと分からないね、今度討伐依頼ついでに検証しに行こうか」

「そうするの! おねーちゃんって、ウサギさんよりネコさんの方が似合ってる気がするの」

「そう? 僕って猫っぽいのかなぁ・・・。そういうピアちゃんは、ウサギの方が似合ってる気がするね」

「ピアもウサギさんの方が好きなの!」


 装備を変えると毛質も変わるようで、白兎が柔らかくてふわふわ、赤猫は柔らかくてスベスベという手触りだ。

 ピアちゃんが白兎を気に入っているのは、恐らくその辺りなんだろう。

 その後僕達はじゃれ合いながら遊び、そのまま眠りについた。


 ◇


 翌日、白兎に付け替えた僕達は孤児院に向かう。子供達に編み物を教える為だ。

 孤児院に着くと、裏手から「ガチャン・・・・ガチャン・・・」とバーベルを上下させる音がする。

 ・・・気付かなかったことにしよう。


 中に入ると、食堂に五人の子供達が僕達を待っていた。

 昨日話したジークとエリザベート含め全員が10~15歳前後、孤児院では最年長に当たる子達である。


「お待ちしておりましたわ、ユウお姉様! 今日はよろしくお願い致します」

「ユウ姉様、お早う御座います。今日はここに居る五人に教えて頂きたいんです。手先が器用で、細かい作業に慣れている、年齢の高い子を選びました」

「おぉう、わざわざありがとうね、助かるよ」


 僕は最悪十人以上同時に教えなければいけないと覚悟していたので、ジークの配慮は本当に助かる。

 五人に教えて慣れてくれれば、先生の数が増えるので教えるスピードが上がるのだ。


「じゃあ、皆にはピアちゃんと同じで指編みから始めて見ようか」

「昨日の鳥さんを作るわけでは無いんですの?」

「作らせてあげたいんだけど、人数分のかぎ針が無いんだよね。急いで作るから待っててね」


 たまヒヨを作らせてあげられない理由はこれ。

 ”かぎ針”や”編み棒”が無いのだ。しかも糸の号数によって大きさも変わるので、それぞれ最低でも十種類揃えたいところだ。

 ちなみに僕が持っているかぎ針は、木を丁寧に削って一ヶ月かかって作り上げた血と涙の結晶だ。


「なるほどぉ、特殊な道具が必要になりますのね。宜しければ、拝見させていただいても宜しいですの?」

「良いよ。これがかぎ針で、こっちが編み棒ね」


 僕はエリザベートに編み道具を見せた、すると彼女は少し思案した後顔を上げこちらを見上げる。


「ユウお姉様、此方少しお借りしても宜しいですか? もしかしたら、此方で作れるかもしれませんの」

「え、本当に! それは助かる、他の号数も欲しいから完成し次第追加発注しても良いかな?」

「たぶん大丈夫ですの、ではお借り致します」


 かなりすべすべに磨かないといけないんだけど、作れる人居るのかな?

 軽い金属があるならそっちでも良いのだが。


 僕はそれから子供達に指編みを教えていった。

 糸を”編む”という事自体を想像が出来ていなかったようだが、編む仕組みを理解すれば子供達はすぐに慣れ、30分ほどをかけ作品を一つ編み上げていく。

 

 本来なら何を作るのか決めてから編み始めるものだが、最初は編むことで何ができるのかを知っていく作業だ。

 子供達は少し悩んだ後、端を繋げてリストバンドにしたり、羽をいっぱい付けてスカイフィッシュみたいな編みぐるみを作っていった。

 子供の想像力はすごいと思う。

 ところでこの謎生物は異世界に存在するのだろうか?


 ◇


 編み物教室も終り、ダンタルニャン達で遊んでいるピアちゃん達を眺めていると、ジークとエリザベートが話しかけてきた。


「ユウ姉様、今日はありがとう御座いました。まさか一本の糸から物を作る技術があるだなんて知りませんでした」

「本当に、しかも作れる物の幅が広いのも良いですの」


 思った以上に二人の性に合ったのか、随分と楽しんでくれたようだ。

 僕はそれから編み花や装飾品の類を出し、こういう物も作れると二人に見せていった。

 それを見たエリザベートは少し考えた素振りを見せた後、咳払いをし真面目な様子で話し始めた。


「お姉様、改めて自己紹介致しますわ。私はエリザベート・スピンドル。このシルクマリアの領主の娘ですわ」

「僕はジーク・スピンドル。領主のアルバート・スピンドルの嫡男で、この子の兄です」


 予想通り、二人は貴族だったようだ。

 貴族の子がなぜ孤児院に居るのかは分からないが、話がある様なので先に用件を聞くことにした。


「お姉様、お店を開きませんか?」

「お店かぁ、何でまたそんな話になったの?」

「それは、私共の事情でもあるのですが、お姉様はこの街にもスラムがあることをご存知ですの?」


 行ったことも見たこともないが、あるのは知っている。

 ピアちゃん達が危ない目に遭いそうなので近寄っていないのだ。


「スラムにはかなりの人が住んでいるんですの。傭兵崩れのような方もいらっしゃるのですが、様々な理由でその日暮らしをせざるを得ない方もいらっしゃるのです。私達はそのような方々に新しい仕事を差し上げたいのですわ」

「それに、スラムにはかなりの数の子供も住んでいて、その子達が人身売買の為に他国へ攫われるとの噂もあるのです。父上はその事を気にかけていらっしゃるようで、僕達で何かできないかと考えていたんです」


 子供が犯罪に巻き込まれている、それは僕も見過ごせない。

 安い正義感と言われようが、子供が大人の都合に巻き込まれるのは許せないのだ。


「でもそれと編み物がどう繋がるの?」

「スラムの方々にお仕事を都合してあげたくても数に限りがありますし、競争相手も発生しますわ。でも編み物でしたら新しい市場を作れますし、競争相手もいない。何より、絶対に売れますわ!」

「それに編み物の売り物は”技術”つまり、誰かに奪われることも無いんです。僕はこれが誰かに、知識もなく模倣される未来が見えません」

「確かに技術だけじゃなくて、性格の向き不向きもあるしね」


 確かに新しい市場を作れば、ライバルが居ないので伸びていくだけだ。

 それに伝統とのしがらみみたいなものも無い。

 真似したくても真似できない、奪いたくても奪えない市場。


(確かに良いと思う。良いと思うんだが、それを10歳くらいの子供が考えたのっ⁉ すごくないか、領主さんどんな教育してんの⁉)


 二人の頭が良すぎる、僕が10歳の頃と言えば棒をもって山を冒険していた気がする。


「それで、お姉様如何でしょうか? 勿論指導料などはお支払いいたしますし、技術提供に関しても配慮致しますわ」

「うん良いよ、僕も協力する。僕としても出来るだけ編み物を広めたいんだ、まずは知って貰って生活に浸透させていきたい」


 編み物を広める、それが結果的に信仰となってピアちゃんが神様に戻ることに近づく。

 以前テラ様が言っていた”信仰”は何も崇め奉って貰う事を指しているわけではない。

 知って、普段の生活に浸透していく、それも信仰に繋がるらしい。

 日本人の”いただきます”みたいなものだろう。


「ありがとう御座います。ではまず、姉様には父上に会って頂こうかと思います」


 このまま仕事を始めて終わりとはいかないようだ、めんどくさいなぁ。

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