3-④ バカ貴族は兎の逆鱗に触れる
領主さんは忙しいらしく、すぐには会えないらしい。
じゃあ会わなくて良いんじゃないかと言ったが、却下されてしまった。
そうなると、ダンタルニャン達も完成し、面白そうな依頼も見当たらず、僕は暇を持て余す。
というわけで今日は、アネッサさんにお願いして厨房を借りる事にした。
「貸すのは構わないけど、アンタ料理できたのかい?」
「料理はそこそこなんですが、お菓子とパンのレパートリー量には自信があります!」
僕はドヤ顔でアネッサさんに返した。
実は生前、紡ちゃんの為にデザートやパンを手作りする事が多かったのだ。
これは僕が編み物をする様になった理由にも繋がるのだが、紡ちゃんは体が弱かった。
その為、家の中でも楽しめるよう僕は色々なことを始めたのだが、何せ学生なのでお金がない。
そして両親は共働きかつ紡ちゃんに興味が薄い。
僕はバイトでお金を稼ぎつつ材料を買い、少しでも楽しい物を、少しでも美味しい物をと頑張った結果、今に至るのである。
(まぁ至った先が異世界なのは予想外だったけどね)
両親はちゃんと紡ちゃんを見てくれているだろうか、それが一番の心配である。
僕はこの世界に来てから、毎晩月に紡ちゃんの無事を願っている。
今となってはどうしてあげる事も出来ないのが悔しい。
話は戻るが、この世界のというかアネッサさんと旦那さんの料理が美味しくて、食に関してそれほど困っていない。
ただ甘味が少ないのだ、あとパンが硬い。
僕はうちの妹達に美味しい物を食べて欲しいので、手始めに天然酵母とベーキングパウダーを使わないクッキーを作ることにした。
「煮沸消毒したガラス瓶に、串切りにしたシナの実と水を半分入れれば、こっちはオッケー」
「果物の水煮でも作るのかい?」
「いえ、これはパンの材料になるんです」
アネッサさんは想像がつかないのか、ホーとかへーとか言っているだけだが、旦那さんは真剣な表情で手元を見ていた。
続いてクッキーだが作り方は普通のクッキーと一緒。
ただクッキー型が無いので、5cmの棒状にして5mm間隔で切って焼いた。
オーブンの管理は旦那さん頼り、僕は電子オーブンしか使った事が無いのだ。
オーブンに入れ20分もすれば、ザクザククッキーの完成だ。味付けはお好みでプレーンかジャムである。
「こりゃ美味しいねぇ、芳ばしい香りがたまらないね!」
「美味い・・・」
(喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 旦那さん喋らない人だと思ってた!)
ピアちゃんは隣で、ほっぺをリスのように膨らませながらクッキーを頬張っている。
コメントは無いが、目を輝かせて食べる表情が感想を述べていた。
ミミちゃんはリアクションを見るに、好評な様だ。
ちなみに彼女は自分で食べられるが、食べさせて欲しいと
彼女なりに甘えているのだろう、僕は勿論甘えさせてあげる。
その後は厨房を借りたお礼にレシピを渡し、後日パンの試食に呼ぶことを約束して解散となった。
◇
翌日、面白い依頼を探しに冒険者ギルドへやって来た。
僕達が言う面白い依頼とは、依頼書を見た瞬間にビビビッとくるかどうかが基準だ。
ビビビッと来なければ例え高額依頼だろうとスルーするのが、兎さんのワークスタイルなのである。
「日が変われば有るかなと思ったけど、無さげだねぇ」
「お手伝いは、まだダメなの?」
「解禁されてないんだー」
お手伝い系は僕達が消化しすぎた為に、
面白いのが無いとエレナさんに文句を言おうと思ったけど、笑顔が怖くて何も言えなかった。
美人は怒ると怖いのだ。
「あ、ユウさん! やっと来てくれました、待っていたんですよ!」
件のエレナさん登場、今日は怖くない方のエレナさんだった。
「何かあったんですか? 僕達は面白い依頼が無いので帰ろうかと思うんですけど。あ、これ作ったお菓子です。良かったら召し上がって下さい」
「ありがとう御座います! じゃ無くて、面白くないのも受けて下さい。それと、ユウさんに“指名依頼“が入ってるんです」
残念ながら誤魔化されくれなかった。
指名依頼の依頼者は大半が貴族。
そして僕が知ってる貴族はジークとエリザベートだけで、二人なら孤児院で話してくるはず。
(ということは他の貴族か。領主さんの件だけでも面倒臭いのに・・・よし、断るか)
面倒事は一個づつ消化していくに限るのである。
「じゃあ、その依頼キャンセルでお願いします! じゃあまた何日後かに依頼見に来ますねー」
「バイバイなのー」
「え、ちょっ、ユウさん!? 少しでも聞いてください! ユウさんーー!!」
聞いたら受けなくちゃいけなくなるので、さっさと退散した。
ギルドから出た際、中で人が慌てている様子があったがエレナさんだろうか?
戻ると帰してくれなさそうなので、気にせず通りを進むことにした。
「この後どうしようか? 少し早いけど、お風呂入る?」
「んー、おばあちゃんのところに行くの!」
おばあちゃんとはエリザベスさんのことだ。
ピアちゃんはエリザベスさんが好きみたいで、暇を見つけては会いに行っている。
お姉ちゃん、ちょっとジェラシー。
何となく悔しかったので、頭をぎゅっと抱き締めた。ウサミミが気持ちいい。
その後は手を繋ぎ、子供達のお土産を買う為に市場を散策する。
まぁ、美味しそうなものが無ければクッキーで良いだろう。そんな事を思いながら歩いていた所、嫌なものを見てしまった。
貴族だ、それも悪い方の。
それはゴテゴテした趣味の悪い豪華な服を着た、背の低い太った男だった。
周りに居る護衛らしきゴロツキに命令をして、周りの人に高圧的な態度をとっている。
「面倒が起こる前に衛兵さんを連れてこよう」
僕が近くの屯所に向かおうとした時、よく行く串肉屋のおじさんと子供が殴られた。
「おい、何でこんな所でゴミを売っている。目障りだから消えっぶふぇっ⁉」
気付いたら足が出ていた。
ピアちゃんが側に居るのにこんな事しちゃいけないのは分かってるけど、思わず蹴ってしまった。
「大丈夫? ほら、ポーション飲んで。痛くなくなるから」
「うさぎさん・・・うぅぇぇぇーーん!!」
二人にポーションを飲ませたら下がらせて、ピアちゃんの側に行かせた。
ピアちゃんは鞭を持って、いかにも”怒ってます!”といった雰囲気だ。
「何するんだっ、俺は貴族だぞっ!! おい、お前達あの獣人のガキを連れてこい!!」
「へいへい、面倒だな。だがよく見りゃきれーな嬢ちゃんだ、後が楽しみだなぁ」
「はははっ、ちげぇねぇ!」
周りの人がハラハラした様子でこちらを見ている。
ピアちゃん達も見てる、だから姉として暴力を振るう姿は見せるべきじゃない。
でも ── 泣いてる子を見捨てる姿は、もっと見せるわけにはいかない!
「・・・悔い改めろ。そして、埋まれっ!!」
二人を同時に足払い、倒れた不良護衛の頭を踏んで地面に埋めた。
「う、嘘だろ・・・ま、待てっ。俺は貴族だぞ、こんなことをして許されるとでも思ってるのかっ⁉」
「お前こそ、子供に暴力を振るって許されるとでも思ってるのか? あの子と、おじさんと、おじさんのご飯に謝れっ!!」
この子は何も悪いことをしていない。おじさんの串肉は美味しい、ゴミじゃない。
「お前も悔い改めろ、そして埋まれ」
「後悔するぞっ!! お前、俺様にこんな事してっ。あれだからな、お前死ぬからなっ!!」
よし、こいつは特別に全身を埋めてやろう。
そう思い、足を持ち上げた僕に待ったがかかる。
「貴女、ちょっと待ちなさいっ!!」
僕は足を振り下ろした。
「待ちなさいって言ったでしょう⁉」
「ごめん、止まらなかった」
「今絶対こっち見たわよね⁉」
僕のハートがアクセル踏んだままだったからね、仕方ない。
でも手加減はした。小デブ貴族は埋まってない、踵落としで気絶しただけだ。
僕を止めたのは盛り髪に綺麗なドレスを着た15歳くらいの女の子だ。
この子も貴族だな、小デブ貴族を傷つけた文句でも言いに来たんだろうか?
でもそんな事より、おじさん達の様子を見ないといけない。
「ボク、おじさん、大丈夫? もう痛い所はない?」
「兎の嬢ちゃん、ありがとうな。助けてくれたこともそうだが、串肉の事も。本当に嬉しかったぜ」
「兎のお姉ちゃんありがとう。もう痛くないよ!」
我慢をしている様子は無さそうだ、僕は駆け付けてきた衛兵さんに二人を任せる。
「ピアちゃんとミミちゃんもごめんね。お姉ちゃんちょっと軽率だった」
「ううん、おねーちゃんは何も悪くないの。逆にカッコ良かったの! ピアがいっぱい褒めてあげるの!」
「がうがぅ~~!」
二人に頭を撫でられると、僕も少し落ち着いた。
二人褒めてくれたが、軽率だったのは確かだ。僕はお姉ちゃんとして見本になる姿を見せるようにしないとね。
「さて、そちらの話は終わったかしら? そろそろ話をしたいんだけど」
「あれ? 小デブ貴族と不良護衛は?」
「全員ウチの騎士に牢屋へ連れて行かせたわ、随分と大立ち回りをしてくれたものね。でも、よくやったわ。あれにはウチの街で好き放題した報いは受けて貰う」
女の子は腰に手を当てプンプンしているが、その雰囲気は魔王のようだ。
どうやら悪い貴族ではなさそうだが、やっぱり魔王みたいだ。
「自己紹介が遅れたわね、私はマルセナ・スピンドル。シルクマリア領主スピンドル家の者よ! 貴女が噂の兎さんね、ずっと会いたかったの」
最近スピンドル家の人とよく会うなぁ、歳からしてエリザベートとジークのお姉さんかな。
それにしても市場に居たり孤児院に居たり、ここの兄弟フットワーク軽すぎじゃなかろうか?
「私ね、貴女に言いたいことがあるの。どうして指名依頼を断ったの? あれ出したの私なのよ」
「ナンニコトカ、ワカラナイナー」
三十六計逃げるに如かず、とぼけちゃえ!
「断ったときね、私ギルドの中に居たのよ」
「Oh・・・」
魔王からは逃げられない。
僕はマルセナちゃんの話を聞くために、仕方なく領主邸へ向かう事になった。
おじさんのダメになった串肉の代金は、後日小デブ貴族から払わせると言ってくれたのが、少し安心した。
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