3-⑤ 領主一家とエリザベスの関係
到着した領主邸は、想像していたよりは小さいが、それでも大きくて綺麗な御屋敷だった。
豪華ではあるのだが嫌味が無くて、歴史を感じるデザインだ。
そんな趣のある御屋敷の廊下をつかつかと歩き、終いには力いっぱい扉を開け放つマルセナちゃん。
その姿には、流石の僕も目元を覆った。
「この子本当に貴族なのかなぁ・・・だんだん頭にスパゲッティを載せた人にしか見えなくなってきた」
「がうぅ・・・」
「ほら、こっちよ。着いてらっしゃい!」
楽しそうに僕らを案内してくれるマルセナちゃん、元気が宜しいことで。
ちなみに元気が切れた子が僕の背中で熟睡中。
ピアちゃんはいつもこの時間にお昼寝をしているので、ここまでの道中で電池が切れてしまったのだ。
スピスピ鼻息を立てているのが非常に可愛い。
「さぁ、ここよ!」
またも彼女は豪快に扉を開け放つ。
ピアちゃんが気持ち良く寝てるから、もう少し静かにして欲しい。
開け放たれた扉の向こうでは、一人の男性が僕と同じ様な表情をマルセナちゃんに向けていた。
「マルセナ・・・何度も言うようだが、扉はもっと静かにだな・・・」
「まぁまぁ良いじゃない」
良かねぇよ。ここって執務室でしょ? 全然、良かねぇよ。
男性はガルドさんと同じくらいの背丈をした、30〜40歳くらいの軍人さんっぽい人だった。
その表情には疲労が滲んでいる、誰のせいとは言わないが苦労しているのだろう。
よく見るとジークに似ている気がする、もしかしたらこの人が領主さんだろうか?
「そんな事より、貴方にお客様よ。噂の兎さん、会いたかったのでしょう?」
「それを先に言ってくれっ!」
「あの、何でも良いんですが妹が寝ているので、もうちょっと静かに・・・」
「あ、あぁ、すまない。寝ているところを連れてきてしまったのか・・・。ではあちらのソファーに移動しよう、長椅子の方を使って寝かせてやってくれ」
僕はお言葉に甘えて長椅子の方を使わせてもらい、ピアちゃんを膝枕で寝かせてあげる。
結構うるさかったし揺らしてしまったのだが、起きる様子は全く無く、お口をもごもごさせていた。
夢の中で何かを食べているのかもしれない、その可愛らしい様子に僕は微笑んだ。
「さて、疲れている所来て貰ってすまなかった。聞いているかもしれないが、俺がシルクマリア領主のアルバート・スピンドルだ」
「初めまして。僕は冒険者のユウと言います、先月からこちらの街にお邪魔しています。こっちの寝ている子が妹のピリアリート、そしてこっちの子が、家族のミミちゃんです」
「がううぅ~♪」
ミミちゃんは少し前に作ってあげた旗をパタパタと揺らし、歓迎の意を示していた。
ちなみに旗の模様は二羽の兎とミミックが輪になったロゴみたいなデザインで、孤児院の子が描いてくれた。
「君たちの事はエリザベス様と子供達から聞いている、とても仲良くしてくれているようで嬉しく思う」
「いえ、此方こそピアちゃん達と遊んでくれて、ありがとう御座います」
「その子が噂のミミックだな、何でも凄く人懐っこいと聞いているが・・・俺達が触れても大丈夫か?」
「大丈夫だと思いますが、痛い事や嫌がる事は止めてあげて下さい。あと、この子は女の子なので、そこのところも宜しくお願いします」
「うむ、了解した」
二人は最初恐々、慣れればペットのようにミミちゃんと触れ合った。
マルセナちゃんに至っては口の中にまで手を突っ込んでいる、勇気あるなこの子。
「うむ、いい子だというのがよく分った。ミミ君これからも宜しく」
「がぅ!」
「あの、領主様はお忙しいのでお会いできないと御息女様から伺っていたのですが、お時間は宜しいのでしょうか?」
会えるタイミングで声を掛けてくれる事になっていたはずだ。
「あぁ、それは問題ない。今日に仕事を終わらせて明日に会えるよう使いを出すつもりだったんだ。妻が君達を連れて来たのも、俺が今日中に仕事を終わらせるだろうと先読みをしての事だろう。突然連れてこられて君達も困っただろう? すまなかった」
「妻?」
妻? つまり奥さん、お嫁さん。この部屋に僕達を連れて来た女の人なんて一人しかいない。
マルセナちゃんを見る、たぶん今の僕と同い年。
領主アルバートさんを見る、たぶん30~40歳。
歳の差約20歳、アルバートさんが成人式をしていた時、マルセナさんは生まれていなかった。
・・・まさか、ロの人?
「・・・・・・・・・・・・」
「何が言いたいのか凄く分かるが、違うからな。その目を止めろ、体を庇うポーズをとるな」
「うふふっ、本当に面白い子ね。アルバートが可哀想だから私が説明してあげるわ、よく間違われるんだけどアルバートはロリコンじゃないわよ。そもそも結婚して20年経つし、10歳の子供もいるのよ」
そう言われればそうだった、という事は少なくとも二人は同世代。
つまり、マルセナちゃんが若く見えるだけ。
マルセナちゃんは、マルセナさんだったというワケだ。安心した。
「それに私の方が
おまわりさーん!
◇
「重ね重ねすまないな、マルセナは気に入った者にイタズラをする癖があってな」
「はた迷惑な癖ですね」
コンッコンッ
マルセナさんのお陰(?)で良い感じに緊張が解れたタイミングで、ノックの音が響く。
「父上、ジークです。お呼びとのことでしたので参りました。エリザベートもおります」
「良いぞ、入れ」
二人は「失礼します」と一言入れてから入室してきた。
そう、普通はこうなんだよ。普通は全力で扉を開け放ったりしないんだよ。
僕は「普通はこう入るんだよ?」とマルセナさんに視線を送ったが、「うちの子礼儀正しいでしょ?」と返ってきた。
いや、本当になっ! アンタもやれよっ!
「あ、お姉様! どうしてこちらに?」
「君達のお母さんに連れてこられてね」
「そうでしたか・・・あの、母上が何かご迷惑をお掛け致しませんでしたか?」
おい、息子さんにまで心配かけてんぞ!
だが当のマルセナさんは、どこ吹く風だった。
「そういえば先程エリザベスさんから僕の事を聞いたとおっしゃられていましたが、彼女は何か重要な役職に就いてらっしゃるのですか? 街でもやたらと信頼されているようだったのですが」
街中で孤児院の子達と居ると、よくエリザべスさんの名前を聞く。
見た目は目立つが、彼女はただの孤児院の院長さんだ。
だが、ただの院長さんの名前がここまで街で知られているのもおかしな話である。
「あー、堅苦しい話し方はしなくても良いぞ、面倒だろう? それとエリザベス様の話だったな。あの方から聞いていないのか? まぁ、わざわざいう事でもないのか。あの方はな、この街の英雄なんだ」
「昔この街は腐りきっていたらしいのよ。当時の領主がそれはもう悪い人らしくてね、犯罪の温床だったの。で、一番被害を受けていたのが子供達なのよ」
エリザベスさんは凄く子供を大切にする人だ、そんなの絶対許さないだろう。
話から察するに、悪党の制圧に尽力したとかだろうか?
「エリザベス様が街に来た時、売られている子供達を見て激怒なされてね。街にあった数十に及ぶ犯罪組織、千人を超える犯罪者を
一人? 嘘だろ、あの人はむっちゃ強そうだけどシスターだよ?
僕の表情を見て、アルバートさんは楽しそうに話を進めてくれた。
「信じられないのも無理はない。だがあの方は昔、神聖王国の精霊騎士を務めていらっしゃったのさ。精霊騎士と言うのは幼い神や精霊を守るために活動している部隊でね、戦う相手は悪神悪鬼の類だ。騎士の一人一人が通常の騎士とは比較にならない強さを持っている、あの方はそんな騎士団にいらっしゃった。その辺の悪党など、塵芥と変わらんのだろう」
「その功績から、エリザベス様は男神テラから直接称号を授かった凄い方なのよ! その名も『鬼子母神』、これにより彼女は名実共に子供の守り神として尊敬されているのよー」
エリザベスさんが想像の斜め上を行く凄い人で吃驚した。
そうか、テラ様から直接称号を貰ったから、あんなにピアちゃんが懐いてたんだね。
「まぁ、その時に貴族側から支援をしていたのが俺の祖父でな、その関係でスピンドル家は代々ここを治めるようになったわけだ」
「この子の名前、エリザベートって言うでしょ? あの方のように素晴らしい女性になって欲しくて、綾かって付けたの。この街では彼女の名前に綾かった名前の女の子が多いのよー。それと時間があれば孤児院の礼拝堂に寄ると良いわ、当時使われていた武器が飾られているはずだもの」
「興味があるので行ってみます、色々と教えて頂いてありがとう御座いました!」
ピアちゃんがすぐに懐いたのは、称号からパパの気配を感じたからかもしれない。
パパ相手じゃ勝てなくても仕方無いな。
そう思えば僕のジェラシーも少しは収まって・・・いや、やっぱりピアちゃんが盗られたみたいでモヤっとする。
盗られないように、いっぱい甘やかしておこう。
そういえばアルバートさんのお爺さん世代の人ってことは、エリザベスさんって何歳なんだろう?
聞いてみたら・・・殺されるかもしれない、うん聞かないでおこう。
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