3‐⑥ 兎は妹に甘える
「さて、俺の用事は君達の人となりを見ることだったから、これで終わったわけだが。何やら子供達と面白いことをするらしいじゃないか」
「ようやく私達の番ですの? お父様がお姉様を独り占めされるので、今日はお姉様とお話しできないのかと思っていましたわ」
ピアちゃんと反対側に座っているエリザベートはプンプン拗ねている。
というかエリザベート、君何でこっちに座ってるの?
君の席はアルバートさん側でしょ?
「お母様、お姉様は凄い技術をお持ちですの! それを使って新しい市場を作れないかと考えてるんですの!」
「僕も十分それが可能だと思いました。恐らく、父上が以前気にされていた事にも利用できると思います」
「ふむ、スラムの事か・・・何か証明できるものはあるか?」
「簡単に作ったアクセサリーか、編みぐるみなら手元にあるよ」
僕はミミちゃんにお願いして、編み物作品を並べていく。
勿論、普通の糸に限定した手編みの物だけだ。
「これは・・・どうやって作ってるんだ? 目が粗い布で出来ているのか?」
「あら綺麗ね、それに素朴で可愛らしい。煌びやかな宝石とは違った良さがあるわ」
「これらは全て糸を編んで作ってあって、編み物って言います。布とは似ていますが別物ですね」
やはり編むという技術が廃れてしまっているので、布に見えるらしい。
似てるけど色んな面が全然違うんだけどね。
「編み物に関して説明しますね。編み物は布と違って一本の糸から作られてます。作るのに時間がかかる反面、織機のような大型の道具を一切使いません。布と違って面が荒いですが、保温性に優れています。あと目的に沿って作っていくので、端切れのような無駄が出ません。ざっくりと説明するとこんな感じですね」
「初期投資が少ないのは試験運用する面で助かるな、・・・悪くない」
アルバートさんは運用方法と計画についてマルセナさんと話し始めた。
経済や仕事の話は、高校生程度の知識しかない僕には難しい。なので僕は会話に参加せず、クッキーでも食べて待ってることにした。
昨日作ったクッキーだけど、熱が取れてすぐミミちゃんに仕舞って貰ったので出来立ての美味しさを保ってる。
「うん、美味しい」
作る時間だったり、材料道具の関係で完成までちょっと苦労したけど、その分ピアちゃんもミミちゃんも喜んでくれた。
これ以外にもプリンとかホットケーキとか、食べさせてあげたい物がまだまだいっぱいある。
何とか簡単にお菓子を補充できるようにしたい。
次は何を作ろうかと、お菓子のレシピを思い出しているとエリザベートと目が合った。
「・・・食べる? ちょっとだけなら良いよ」
「頂きますのっ! ・・・っ、美味しいっ⁉ これもお姉様が作られたんですのっ⁉ もぐもぐもぐもぐ・・・」
「ちょっ、食べすぎだよ。食べるなら味わってよぉーっ!」
エリザベートの声を聞いて、一家全員が手を伸ばしてきた。
(無くなるからっ! ピアちゃん達の分無くなるから手加減してっ!)
「全部無くなった・・・ぐすっ、せっかく作ったのに」
「ご、ごめんなさいね・・・手が止まらなくて。今度代わりのお菓子を用意するから、だから泣かないでぇ!」
「俺もすまない、こんなに旨い菓子は初めてでな・・・」
別に泣いてない、お菓子をとられたくらいで泣くような歳じゃないもん。
やっと時間を見つけて作ったお菓子だからって、全部食べられたくらいで・・・。
ピアちゃんとミミちゃんのおやつにと思って作ったのにぃ・・・。
あれ? 何か視界が滲んで・・・。
「お、お姉様っ、泣かないで下さいですのっ! ピアちゃん、起きて下さいっ! お姉様を泣き止ますのを手伝ってくださいましっ!!」
僕は男なんだからこの程度じゃ泣かない、これはちょっと目に何かが入って滲んだだけだもん。
◇
「ぐすっ、話を進めましょう・・・」
「おねーちゃん、泣き止むの。ピアはまた作ってくれたらそれで良いの」
「お姉様に泣かれると、凄く心が痛みますの・・・」
「可愛すぎて、泣かれると罪悪感が半端じゃないわね。本当にごめんなさい、何か代わりのお菓子を用意させるわ」
起きたピアちゃんと、側のミミちゃんを抱き締めて、ようやく僕は話せるようになった。
ちなみに男性陣は先程までこの状況にどうしたら良いか分からず、お通夜のテンションだ。
「・・・分かった、進ませてもらう。編み物もそうだが、先程の菓子、それ以外にも何か役に立ちそうな知識を持ってるか? 良かったらそれも使わせて貰えないだろうか?」
「そうですね、姉様曰く編み物にも向き不向きがあるとおっしゃっていましたし、仕事の種類はあればあるほど良いです」
編み物以外にも売るのか。どうやらお店の数を増やして、可能な限り雇用を増やそうとしているみたい。
ならどうして売り物にしか目を向けないんだろう?
僕は気になって二人に聞いてみた。
「あの、物作りの為の材料を採ってきたり、販売する人とか、販促物作る人とか、そっちの方では雇ってあげられないんですか?」
「・・・確かに、何で思いつかなかったんだ」
「それなら作るのが不得意な者でも仕事がありますし、冒険者志望の者に依頼を出すことも出来ます。少し問題もありますが、当初よりも多くの人を雇うことが出来ます」
思いついてなかったんかい!
もしかしてこの世界では、専門分野の人が担当する決まりでもあるんだろうか。
一人疑問符を浮かべていると、魔王が二マーと笑いながら近寄ってきた。
「ユウちゃん、何やら色々知ってそうねぇ~。折角だから全部吐いて貰うわよぉ」
「待ってください、人には知的財産権というものがありまして・・・」
「あら。ユウちゃんはピアちゃんくらいの子が苦しんでいても、気にならないのかしらぁ?」
「うぐっ・・・」
それを言われると辛い。
編み物は布教活動の為にも、どんどん広めていきたいから全力で協力する。
でもお菓子とかは関係ないじゃん?
だから正直なところを言うと面倒臭い。ピアちゃん達に食べさせてあげる分は自分で作りたいから、あまり教えるメリットが無いんだよねぇ。
でも魔王には関係ない様で、結局知っている知識を吐かされた。
更に、それから数時間かけて草案まで作らされた。
その結果、編み物関連の商品をメインにお菓子、露店で軽食の販売をし、それに関わる諸々を適性のある人間で回すというこの世界では非常に珍しい形態の店が出来上がる。
僕の仕事? 編み物・料理・イラスト・接客・冒険者指導員となりましたが何か?
多すぎなんだよ、こんちくしょう!
だが、スラムの子供達の未来が掛かっているので手を抜くわけにもいかないのである。
それにしても僕が紡ちゃんの為に得てきた技術が、こんな所で役に立つとは思わなかった。
一芸ではないけれど、芸は身を助くとはきっとこういう事を言うんだろうね。
まぁ、まさか異世界で役に立つなんて想像もしていなかったけど。
その後、翌日から行動を起こすことが決まり、その日はお泊りとなった。
何度も言うようだが、この家族はフットワークが軽すぎる。
世界のどこに、公共事業を翌日行動開始する者が居るのか。
・・・あ、ここに居たわ。
「あー、つかれたぁ・・・」
「おねーちゃん、おつかれさまなの!」
疲れ切って意気消沈となった僕は、ピアちゃんの膝枕で休んでいる。
ミミちゃんは隣でシナズミの実を剝いてくれている。彼女は日々念動力の熟練度を上げており、努力の甲斐もあり現在では果物を剥くことが出来るまでになった。本当に凄い子である。
「お店、上手くいきそうなの? ピアにはお話が難しくてよく分らなかったの」
「うーん、全く新しい物を売るわけだからライバル店が無いのは良いんだけど、似たものが無いわけじゃないから。お客さんがどっちを選ぶのか次第かなぁ・・・案はあるけど、運営はスピンドル家がとらなきゃいけない事だし、様子見だね」
「なるほどなの?」
この反応は、よく分かっていないときのやつだな。
まぁ、こういうのは大人に任せて、子供はやりたいことを一生懸命したらいいと思う。
「ピアちゃん、ミミちゃん、こっちきてー」
「うん!」「がぅ!」
僕は二人を腕の中に呼んで、ベットでごろごろする。
抱き締めたピアちゃんからは甘い香りが、ミミちゃんからは爽やかな草の香りがした。
ちょっと疲れたなぁ。だからか、二人を抱き締めていると心が落ち着く。
今日は濃い人と会いすぎた、何か悪そうな人とも会ったし。
人が嫌いなわけじゃない。でも一度にたくさんの人と会うと、心が疲れてしまう。
僕は人が少なくて静かな方が好きだ。
でも妹達は人が好きだから。たくさんの優しい人に会わせてあげたい。
だから人が好きな二人の妹の為なら、僕はまだまだ頑張れる。
「んー、お姉ちゃんは頑張るからねー! ほれ、こちょこちょこちょ~」
「あはははっ! ダメなのっ、くすぐるのはダメなのっ! あはははっ!」
「がぅぅー、ぺろぺろぺろ」
「ぶえっ! ミミちゃん、顔舐めちゃだめだよぉ~」
「がぅっ♪」
その晩は皆でいちゃいちゃしていたら、気付けば寝てしまっていた。
明日からは人助けだ、頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます