43 ごめんなさいが言えること
ムトが翔の部屋に二人を通すと、正方形の小さなテーブルに男女四名が向かい合うように座った。
そこから一人あぶれた翔はキッチンに行き、手頃な平皿と棚の隅に置かれていたミックスナッツを手に取る。賞味期限はギリギリまだ過ぎていない。
「ムト、これって生物的に食っても良いんだっけ」
「ん、まあこいつらなら大丈夫だ。ただ……おい、クソガキ。お前体重は?」
「えー? ババアに体重なんか教えたくないんだけどなぁ」
「じゃあお前抜きで食えばいいか。翔、問題ないぞ」
チッチョが謝りながらムトに耳打ちで何かを言っている光景を横目に、翔は平皿にザラザラとミックスナッツを出してテーブルに置いた。
すでに人間の様相ではなくなり、元の世界の姿になっていた三人は恐る恐るそれを摘むと、ゆっくりと口に運ぶ。
そんな光景を横目に、あぶれた翔は自室の椅子に座った。少し奮発して購入したにも関わらず、ほとんどその座面に座ったことがないゲーミングチェアだった。
「で、魔法って?」
「記憶の齟齬を引き起こさせる魔法だ。ヨコヤマにやられたかは知らんが、都合の良い記憶に書き換えられて、半分操られていたらしい。まあ、元々アーミアの農園に恨みを持っていた集団ではあるからな。そこにつけ込まれたんだろう」
「俺らは何も、あそこまでやるつもりはなかったんだ。お前らにここにしばらく住まわせてくれないかと頼みに行ったんだが、そこでヨコヤマと会ってな」
「あのおじさん、ここの農園のあるじだ! なんて言ったんだよね〜」
ナッツをつまみながら三人は滔々と話していく。
「で、話してたらだいぶめんどくさい条件をふっかけてきやがる。しかも詰めれば詰めるほど、あそこの管理を行なっているとは思えない様子でな」
「私たちは考えたわけさね。コイツをひっ捕えて手土産に持っていけば、交渉の材料になるってさ。こんな奴、明らかに何かしでかしてることは確実だからね」
「で、そこから先は私たちが監視カメラで見た通り、コイツらはこっちの世界に来て、ヨコヤマと手を組むことになったらしい。ここから先の記憶はどうも曖昧でな、精査するのに時間がかかる上に、完全に正しい情報を得られるかはわからん」
「ムトですら難しいのか。意外だな」
「悔しいが、記憶は魔法の干渉で一番難しい部分だからな。ただ、それをやった奴が居るわけだ。知り合いに一人だけそれができる奴が居るから助言を求めたいんだが、最近どこにいるかさっぱりわからん」
いつの間にか空になっていた皿に手を伸ばしかけたチッチョが、しかしそこに何もないことに恥ずかしくなったのか手を素早く引っ込めた。
「ヨコヤマとやらはそんな魔法を使えるような人間か?」
「いや、あの社長がそんなことできるんだったら、俺はあの会社を辞められてないよ」
「だろうな。私も会った時にはそんなことは露とも感じなかった。が、それ以上はどうにもだな。裁判の手続きもそこまで早く終わる訳ではないし、どうせ今頃はお前ら三人にも知らせていないような場所に居を移しているだろうさ」
昼の明るい日の光が窓から差し込んでくる中で、洗脳されていたとはいえ司令を出していた人間から裏切られたという事実に三人が少しだけ黙ってしまう。
「で、でもまあほら、悪いやつじゃなかったってことならさ、ちょっと農園の手伝いでもしてもらった方がいいんじゃないか? 三人の中でレンガ組むのとか得意な人がいたら助かるんだけど……」
翔の言葉に対してチッチョがその小さな手を挙げる。
「お兄さんもしかして雑ッ魚ーいのかなぁ? 私の手がないとそんな簡単なこともできないなんてねぇ?」
「コラ。すまんな。えー……カケルって言ったか。俺らがやったことは許されることじゃないかもしれんが、それでも良ければ手伝わせて欲しい。寝床も適当で良い。匿ってくれ」
ラプタがチッチョの後頭部を掴むと、頭を強制的に下げさせる。それと同じようにラプタとカルラが頭を下げていた。
翔がムトの方を見るが、ムトは我関せずといった表情を浮かべている。
「私はあくまでも農園に住み着いたイチフクロウだから権限はない」
「それは俺も一緒だけど……でもアーミアならまあどうなるかって言われると」
翔の頭の中では天使のような笑顔で「良いですよ」なんて言いそうな気がしていた。
「けど、本人に聞かないとわからんか。ムト、三人のこと見ておけるよな?」
「ああ、さっさと呼んでこい」
ムトをその場に残し、翔はアーミアを呼んでくるために一度異世界への扉に入っていった。
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