55 吾子を望む
翔がゆっくりと顔を上げると、頭上では近距離までドラゴンが迫っていた。そして、翔の方を不思議そうに眺めている。
「誰だ? コイツは」
「臨時の手伝いですねや。ギリギリで決まったさかい、知らせるの遅れてしもたんですわ。堪忍してください」
「ふむ……なら良い。それで、我が子は?」
「へいへい。少々お待ちを……カケル、荷車ン中から箱を全部運び出して」
「あ、ああ、わかった」
翔は言われるがままに荷車の中に飛び込むと、中に積まれていた箱を運び出し始める。
「それにしても、大丈夫なのか? 我の子をこんななんともしれない者に運ばせて」
「ええんですええんです。自分が信頼した相手ですさかい。それに、カケルがいてくれたおかげで、ご期待以上のモンが届けられた思いますよ?」
キーウィが手をこすりながらドラゴンに言う。
翔はそれを見て、ドラゴンといえども一方的に何か攻撃をしてくるようなものではなく、意思疎通ができる相手なのだと悟った。
だが、キーウィの様子がただ雇用者と被雇用者の関係なのか、捕食者と被捕食者の関係なのかはわからない。だからこそ翔はいまだに少しだけ警戒し続けていた。
荷車の中はキーウィの確認があったためか少し翔が乗っていた頃と比べるとそれぞれの箱が乱雑に置かれていたものの、手前から草原に下ろしていけばその重量ゆえの重労働さ以外に翔が気にすることもない。ある程度時間をかけて、翔は一人でその荷を全て下ろした。
「はぁ……はぁ……キーウィも手伝ってくれたらよかったのに」
「そんなん、こんな重い荷物運びたないですもん。それに……落としたら……」
「……落としたのか?」
先ほどまでは上位と下位のランクでしかなかったドラゴンの翔を見る目が、一瞬にして切り替わる。一瞬にして双方は殺す者と殺される者の立場に切り替わった。それだけだ。
「いやいや! ものの例えですやんか! 大体ルルートさんも、荷物に欠けもなければ中身が壊れとることもないことくらい自分でわかりまっしゃろ? それに、そんなことは初めてやって驚いとる表情が隠せてませんがな」
「……バレたか」
は? と翔は頭の上に疑問符を浮かべる。ずっと冷徹なまま表情を変えていないドラゴンの顔に、そんな思考を見出すことなんてできなかったからだ。
「こればっかりは自分の経験やからアンタには無理や。無理無理」
「しかし、本当に全て無事とはな。次の繁殖が楽しみだ」
ドラゴンはそう呟くとのし、のし、と箱の近くに歩み寄ってくる。
「邪魔だ」
「は、はいぃ……」
翔は逃げるようにキーウィの後ろに潜り込んだ。
「アンタ、ほぼ隠れられとらんけどそれでええんかいな……」
怯える翔を引き剥がしながら、キーウィはドラゴンに見せるように箱をテキパキと開き始めた。
「おいおい、カケルも手伝ってぇな」
「あ、わ、わかった」
キーウィの言葉で少しだけ正気に戻った翔は、言われた通りにテキパキと箱の金具を外していく。蓋を開けると、その中には浅く濁ったオレンジに衝撃のような刺々しい模様が少し彩度の落ちたオレンジで刻まれているものだった。
翔は驚いて次々と箱を開けていく。その一つ一つにつけられた模様は、それぞれ全て違っていた。
「産む時に魔力で刻みつけるんやと。他の竜の卵と混ざらんようにな」
「へぇ……色々考えられてるんだなぁ。ってことはこれはルートさん……だっけ? 彼女が全部産んだってこと?」
「ルルートだ。それと、我は雄だ。群れの雌の卵を越冬のために預けているんだよ」
小さな前足で開いた箱の中の卵を器用に転がして確認するルルートは呟きながらも手早く卵を確認していく。
「王国の方で研究に使わせてもらう代わりに、保管を担っとるんや。この殻がええ防具になるんやとさ。自分はよう知らんのやけどな」
「卵が無事なら殻などどうでも良いからな」
「越冬のために冬眠するドラゴンやったり南へ飛んでくンもいるんやけど、全員が全員卵を持ったままできるとは限らんらしいからね。こうやってウィンウィンの関係を築いとるってわけ」
「それにしても今年は良い働きだな。毎年数個は割れているはずだが、一つも割れてはおらん」
全ての卵を確認し終えたルルートは、関心したようにつぶやいた。
「臨時で雇ったこのにーちゃんのおかげや」
「そうか、感謝する」
「せや! ルルートさん、疲れとらんか? このにーちゃん、マッサージも上手いんやで?」
「え、いやいやいや!」
キーウィの突然の言葉に翔は動揺を隠さずに否定するが、それを無視して会話は続いていく。
「ルルートさんも、一回どうでっしゃろ?」
「ほう、面白い」
「んでこっちも乗り気なのかよ……俺が武器を持ってたりしたらどうするつもりなんだ」
「そんなもので傷をつけられるほど我の体は弱くないからな。その時は首を引きちぎれば良いだけだ」
翔の表情が一瞬で固まる。
「ま、気楽に気楽に。こう言うとるけどルルートさんも上手くいかんかったからって特別怒るようなドラゴン違うから、な?」
流されるまま、翔は草原の真ん中でドラゴンを目の間に覚悟を決めるしかなかった。
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