56 できないか……?

 翔は目の前でドラゴンが眠るように伏せている。


「警戒心とかそれにしてもないのか……」

「カケルが魔力のない異世界の人間やって薄々気付いとるんやと思うで。そんなことより、自分の顧客を待たせんといてもらえるとありがたいわな〜」

「や、やらないって選択肢は……」

「そうなると借金も返しきれんってなっても?」


 少額ではあるが、この世界において金銭を受け取る手段が今の所キーウィにしかない翔にとってそれは少しだけ躊躇う言葉だった。

 逃げても構わないと思いつつ、この狐の男がアーミアと取引しているという事実が翔を苦しめる。


「それに、触ってみたいんとちゃいますん?」

「う……」


 それもまた図星だった。目の前に居るのは、ドラゴン。それも猛獣のような意思疎通ができない類のものではなく、触っても構わないと宣言した生物だ。

 トカゲの類を撫でたことは翔にはなかった。だが、その鱗のかっこよさを感じないほどロマンに欠けた男ではなかった。


「あーもう! わかったよ!」


 それは翔の意思でありながら、キーウィの口に負けた瞬間だった。

 翔はゆっくりと鱗に指を伸ばし、その硬く眩しい赤に触れた。

 硬い。最初に感じたものは単純でありながら間違いのない感情だった。

 風に撫でられ、滑らかになった鱗の感触であるにもかかわらず、指を押し込んでも全く反発を感じない。一枚は手のひらサイズの鱗であるにも関わらず、まるで巨大な岩を撫でているような強さを翔は感じ取っていた。

 だが、翔にとってそれはあまり良いものではなかった。

 皮膚ではなく、感覚も通っていない鱗を撫でたところで満足させられるわけがない。

 毛皮のある生物をモフる時はあまり考える必要のなかった事実に、翔の額には汗が吹き出した。


「どうした? あまり鱗ばかりを撫でるなよ。満足させてくれるんだろう?」

「そ、そんなこと言ってないんだけどなぁ……」

「ははは! 我が言ったと言えば言ったのだよ。しかも、それを知っていて提案したのではないのか?」

「そ、そうなんだよな? キーウィ?」


 翔が振り返ると、キーウィは苦笑いを浮かべている。


「ん、まあ考えてたか考えてなかったかと言われると、考えてなかったって言った方が正しいかもしやんねぇ」

「おい!!!」

「ははははは!」


 地面を重く叩くルルートのその力強い衝撃が、重く翔の体に響いてくる。圧倒的なその力は、強者と弱者を確定させる音だった。


「……でも、やらないって選択肢はないんだよな」

「ほう?」


 ニヤリと笑うルルートの前で、翔は自分の手を見つめていた。

 暖かな空気に少しだけほてった体には、その鱗が心地よかった。あまりにもそのかっこよさに魅了された。それ以外にも様々な理由がある。

 が、翔が覚悟を決めた理由は一つだけ。ただこの余裕を持ったドラゴンを猫のようにさせたいという欲望だけだった。

 まず、翔は鱗のない部分を探り始めた。鱗のある部分では全く何も感じないならばそれ以外の部分をと思っていた。

 だが、そんな部分は存在しなかった。

 トカゲのようなイメージであれば腹部は覆われていないだろうという翔の勝手なイメージは、色の違う蛇腹な鱗によって阻まれてしまう。


「どうした?」

「ん、ん〜……」


 勝ち誇った笑みを浮かべるルルート。その笑みを崩したいと翔は思いながらも、何も良い案が思い浮かばない。その時だった。


「あ」

「何?」


 キーウィが何かを思いついたように手を打つ。


「いや、これって助言ありなんでしたっけ?」

「我は特に勝負をしたいわけではないからな。それでもまあ、できると豪語した奴ができなかった時の表情を見る愉悦はあるが、それ以上に期待している」


 間接的な許諾。ルルートの返事はそれを表している。


「で、キーウィ、何を思いついたわけ?」

「ほら、あそことかどうでっしゃろ」


 キーウィが指差した先には、しかし鱗しかない。


「あそこは別に他と一緒じゃない……?」

「いやいや! ほら、よく言うやんねぇ……」


 キーウィは、そう言いながら言葉を続けた。

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