50 準備完了
「にしても、あれはなんだ」
「あれって?」
夕食が終わり、翔はまたチッチョと家の裏に来ていた。騒がしいと思われていた夕食も、しかし蓋を開けてみれば静かに終わり、その静かさの中では聞けなかったことを翔が問いかける。
「今日の夕食。米料理なのはわかるんだけど……」
レモングラスと何か他の香草も混ざったような爽やかな香りのついた、いわゆるガパオライスのような夕食だった。だが、いわゆるなガパオライスのようにバジルを感じることはなく、辛味が抑えられた別のものが加えられていたような味だった。
「僕たちの郷土料理……を、多分アレンジしたのかな? 僕じゃなくてカルラお姉ちゃんに聞いた方が早いと思うな〜」
すでに日が暮れて、先に設置したライトの下で作業を続けるチッチョが地面にいくつかの目印を描く。
「カルラがメインで飯作ってるんだ。珍しいなリーダーがそんなことするなんて」
「逆じゃない? 後ろにいるから、料理を作るんだよ。カケル、このあたりでいい?」
「ん、ああ。その辺にコードをまとめておきたいから……」
会話を続けながらも、二人はしばらく作業を続けていた。
「よし! できた!」
「イェーイ! あ〜! 久々になんかいっぱい魔力使っちゃったかも、僕先に帰ってていい? もう雑魚お兄ちゃんだけでいいよね?」
「ああ、もう多分大丈夫だ」
「やったー! またじゃあラプタに内緒でなでなでしてね!」
「それはちょっと見つかった時が怖いから勘弁で……」
チッチョはそんな翔の言葉を聞かずに、喜んで飛び上がりながら家に帰って行った。その様子を眺めながら、翔は最後の作業に取り掛かる。
すでに動物たちは気に入ってくれているのか、翔が何をしているかなど気にも留めないと言った様子で周囲で眠っている。そんな彼らを起こさないようにしながら、翔はゆっくりと配線を引いていく。
餌場の方は目地材まである程度乾かした後、チッチョが最終的な防水を施すまではしばらく翔の家から持って来た大きなビニールシートで囲って使っているため少しだけ見栄えは悪いが、動物たちはそんなことすら気にしていないようだ。
「よし、これで完成っと」
全ての工程が終了し、後は配信を行うまでに準備が整った。
翔はパソコンを立ち上げると、動画配信サイトのページにログインした。
騒動から数日。もうすでに飽きられているかもしれない。そんな杞憂を持ちながら祈る翔の心配とは裏腹に、ページには未だ待っていると書かれた文言がずらりと並んでいる。
「ふぅ……まだなんとかなったか」
翔はそんなことをつぶやくと、キーボードを叩く。トップページに更新する文言を入力し終えると、翔はエンターキーを押した。
isekaimofumofu:【お知らせ】カメラの復旧が完了しました! もう数日、時間がかかるかもしれませんが、準備が完了次第、異世界の動物たちの配信をもう一度開始いたします
書き込まれると同時に、コメントにつけられたグッドボタンの横の数字がぐんぐんと伸びていく。それと同時に翔の書き込んだ文言にもコメントがつき始めていた。
user:楽しみ。毎秒見せてくれ
user:あの犬っぽいやつの名前とかも知りたいので、新しくなったらその辺りの紹介もして欲しいです!
user:異世界ネタ、殺伐としすぎてたからマジで癒しチャンネルのこういうのは頑張ってほしい。異世界が大変なのはそれはそうだから、自衛も含めて
書き込まれるコメントたちを見ながら、翔は一人、頑張ろうと拳を握った。
まだ少し準備が足りていない。翔はコメントたちに頭の中で謝りながらそう思った。
ムトの魔法が未だに残っているのか定かではない以上、安易に翔やアーミアがここに顔を晒すわけにもいかず、かといってラプタたちをカメラの前に映すのはもう少し先にしたいと考えていたからだ。
「けど、まあそれくらいかな。後は屋根とかだけど……」
夕食の頃に翔が聞いたところによると、しばらく雨は降らないらしい。つまり、その辺りの考慮はチッチョに任せておいても構わないということだ。
「よし、今日はもうこれくらいにしよう!」
チッチョのことをまだ子供にしか見れていないからこそ、翔は彼の前で見栄を張っていたが、翔自身も疲労困憊である事実には変わりない。
「シャワーと、風呂か。久々に部屋のやつ使うかなぁ。銭湯とか、久々に行くのもありかな」
翔がそんなことを呟くと、視界の端で何かがびく、と動く。
「雑魚お兄ちゃんあの大きいお風呂屋行くの!?」
「うわっ!? びっくりした……」
そこに立っていたのはチッチョとラプタだった。
「あー、すまん。そろそろ終わる頃合いかと思ってな。アーミアって言ったか? あの嬢ちゃんがお前の様子を気にしてそうだったから呼びにきたんだが……」
「あはは、もう終わったかな」
「だろうな」
「それにしても、銭湯って知ってるんだな」
「え〜? そりゃ雑魚お兄ちゃんのトコを見張ってたんだよ? 知ってるに決まってんじゃ〜ん!」
「ま、行ったのは一回だけだがな。汚れてた俺たちをヨコヤマが無理やり連れて行った一回だけだ」
ラプタがチッチョの頭をゆっくりと撫でる。
「そろそろこいつも汚れてきたから、俺たちも連れてってくれ」
「ん、いいよ。でも街中で突然それに戻るとかはやめてくれよ?」
「流石に大丈夫だ。良かったな、チッチョ」
飛び上がりながら喜んでいる二人を連れて、翔は一度アーミアの待つ家に戻って行った。
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