49 一日の終わり
「てなわけで、次からは無しだ! いいな!」
「はーい。しょうがないなぁラプタってば。あんなに気持ちよさそうにしてたのに、自分だけ独り占めしたいからってね」
「チッチョ、今度言ったらお前でも容赦はしないからな」
ラプタがグッと拳を握りしめるが、チッチョは反省の色を見せないまま舌を出した。
「カケルも、あんまりお前のそれを安易に他人にやらない方がいい。意思の疎通ができないマルハス達ならともかく、俺らみたいなのがそれに依存しちまったらお前の身も危うくなるぞ」
「……わかった。気をつける」
「あと、チッチョに今後頼まれても絶対やるなよ! その時は問答無用で次から半殺しだからな!」
ラプタの真剣さに呆れながらも、翔は自分の手に込められたものは危険視されるものであるのかと少しだけ思案しながら自らの手を眺めていた。
「雑魚お兄ちゃん、ラプタの言うことなんて信用しない方がいいよ。ああいうのがおせっかいって言うんだからね!」
「でも、でもなぁ……ま、いいか。チッチョ、これからは撫でるの無しで。あとできれば服も着てくれると助かる」
「えぇ〜、汗で濡れてる服とか絶対着たくないから、僕は部屋に戻りま〜す。雑魚お兄ちゃんはまだやることがあるんでしょ?」
「ん、まあそうだな。カメラの設置位置とか考えておきたいかも」
完成した餌場をすでにマルハスやガベルたち、そして他にもワラビーに似た動物やたぬきに似た動物などの温厚そうな野生動物たちは気に入っている。だからこそ、翔は元に戻すよりもより良い方のカメラワークに視点を変更しようと考えていた。
「じゃ、僕先に帰ってるや。置く位置決まったら言ってね。雑魚お兄ちゃんが絶対作れないような、その……なんだっけ。カメラ? のための屋根作ってあげるから」
いたずらっ子のように笑うチッチョを横目に、翔は周囲を確認し始めた。
そんな翔の様子を、アーミアが見にくる。
「あれ、夕食の準備とかって大丈夫?」
「ラプタさんとカルラさんが今日は作ってくれるらしいんで、私は今お邪魔むしさんなんですよね」
「なるほど。それはちょっと楽しみかも。確かに面白い匂いがしてきた」
家の中からはその会話に反応するように芳しい匂いが流れてくる。レモングラスのような香りが強いせいか、どこかエスニックに近い空気だ。
「それにしても、あの三人と一緒に農園の管理なんてできるのかなあ、なんて思ってたんですけど、うまくいくもんですね」
「そう? なら良かった。言ってもあいつらもここを燃やそうとした奴らだから心配だったんだよ。ムトの魔法があるとはいえ、発動までにラグは絶対あるだろうから」
「あはは。ムトさんの魔法ならすぐだとは思いますけど、確かに私も油断しちゃってるくらいには皆さんと馴染めてますね」
「もう俺の手伝いも終わりかな?」
「何言ってるんですか! まだまだやることはいっぱいあるんですから、働いてもらいますよ。人手はあるに越したことはないんですから」
アーミアが腰に手を当てて頬を膨らませる。それだけで翔は自分が本当に必要とされている事実に安堵した。
そして何よりも、この現状を仕事だと思っても胃が痛まない事実に驚いていた。
「で、決まりました? その……配信、でしたっけ?」
「ああ、もう明日からできるはずだ。ムトは今どこかにいるんだっけ」
「ムトさんは……今日は見かけてないですね。何かあるんですか?」
「いや、魔法が機能してるか確認しておかないと、顔が出た時にまずいかなって思っただけ。まだ準備の段階だからそれはなくてもいいや」
翔はアーミアに頼んで避けておいたパソコンやタブレット、カメラに照明を並べていく。
「画角的にはこれでオッケーかな。まあ、多少は後から調整できるけど、アーミアも確認してくれ」
パソコンに映った映像を翔はアーミアに見せた。映り込んではいけない部分が映り込んでいないか、作業中のアーミアたちが映り込んでも問題はないか、などのチェックのためだ。
「ええ、大丈夫そうですね。じゃあこれでお願いします」
「了解」
いつの間にかくれていた日の中、撮影用の照明をつけて二人は笑い合っていた。
「おーいお二人さん。楽しいところ悪いが、夕飯ができたぞ。早くきてくれ」
「はーい」
ラプタがそんなことを言いにきたのは、ギリギリのところで翔の手がアーミアに触れる直前だった。
「それにしても……いつの間にこんな香りになったんでしょ」
「本当だ。なんだ……不思議な香りがする。でも美味しそうだ」
不思議と不快感を感じない、それでいて複数のスパイスが混ざったような香りがいつの間にか家の中から香ってきていることに、翔たちはその時初めて気がついたのだった。
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