93 多対一、ただし劣勢

 その場に居た全員がすぐさま立ち上がって、外に飛び出した。

 カーン、カーイ、カーラの三匹がパニックになりながら走り回るのをカルラとチッチョが取り押さえると、すぐさま動物たちといっしょに逃げるようにムトが指示を出す。

 三匹は緊急事態だと察したのか、すぐさまその場から畑の方に走っていった。

 全員が察する。

 この音の発生源は異世界への扉からだ、と。

 轟音のせいか、空には土煙が舞い上がっている。

 ムトはフクロウに変化すると空に飛び上がり


「扉だ!」


と叫んだ。

 翔はその巨躯で出せる最大の速度で土煙の方に向かう。


「あらら、全員揃い踏みってわけですか。まいったなぁ」

「まいった、なんて言ってるが、お前は全部知ってるんだろう?」

「あ、バレたか」


 空からのムトの言葉に、クォーツは舌を出す。その姿は新興宗教の教祖でも、大津の姿でもない。

 ムトの事務所で翔が出会った、獣人の姿だった。


「んー! 久々に空気中の魔力を吸えて気持ちがいいですね。これ以上ないくらい幸せ」


 パン、と乾いた音が鳴った。平河が持っていた銃を発砲した音だった。


「発砲許可に関しては言わんでくださいよ先輩」


 手元に拳銃を構えた平河が呟く。墨田は呆れたように額を抑えるが、それを止める様子はない。

 それはひとえに平河自身の銃の腕前の良さと、そして殺傷しない程度の部位を狙って狙撃しているという信頼感からだった。


「無駄だよ。たしかにそれは強いけど、魔法の前では無力だ」


 同時に、突撃したラプタの拳をクォーツは最小限の動きで避ける。

 翔たちを見るクォーツの眼差しの前には、透明な壁が生成されていた。それが弾丸を受け止めたのだろうということは、翔の目にすら明らかだった。


「なあ、本当に向こうは……」

「ん、どうしたのさ。クォーツ様バンザイ! って皆涙を流してるよ。見るかい?」


 翔の言葉を食い気味にクォーツが被せる。そのまま指を一つ鳴らすと、空中に半透明のビジョンが映し出された。両脇にはスピーカーまで生成されてしまう。


「科学が発展した世界はすごいね。テレビにパソコン、オーディオ機器もいっぱいだ。ああいったものは映像を投影するのにとても便利だね」


 そう言いながらクォーツが映し出したのは、世界中がゆっくりと変化していく光景だった。その向こうでは、喜びながらクォーツの彫像を作り、喜びながら世界をそれで作り変えていく人々の姿があった。


「ひどい……」


 アーミアがふと呟く。


「それは主観だね。なぁ、水無月。一つ聞きたいんだけれど」

「耳をかすな!」


 空からムトが叫ぶ。


「うるさいなぁ。どうせここの結界を強固にしてる最中なんだろう? だから僕にも手を出せない。違うかい? 師匠」

「……ッ!」


 クォーツの言葉にムトは反論できなかった。


「なぁ、スミダさんとヒラカワさんだっけか。これ、見てみてよ」


 空中に表示された画面が切り替わる。そこには、武器を地面に置いてなにかのマークが描かれた旗を掲げている、異なった装備を身に着けた兵士たちの姿があった。

 彼らは己の間違いを認めて、クォーツに付き従うことを宣言しているようだ。


「戦争はなくなった」


 痩せこけた少年に食料が配られる。直前にまで死を決意していた人が、旗を振っている。


「絶望はなくなった」


 皆が、クォーツの映像に頭を下げている。地面に額をこすりつけて、何語かもわからない感謝を述べている。その額には少しだけ、血が滲んでいた。


「皆が平等になった。僕のおかげだ。なぁ、地球出身の御三方、これは、僕のやったことは、悪か?」


 普遍的な問いかけだが、翔はそれに返事をすることが出来なかった。


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