58 何はともあれ
その後何度もトライしたキーウィは、最終的に首元までかぶりつかれてしまった。
ただ、牙を立てられるわけではなく、唾液を数秒溜めた口の中でキーウィの頭部をもみくちゃにするだけだ。
ルルート側としては「お前が行なっていることはこういうことだ」ということの表現だった。
食らったキーウィ側は常に鼻を押さえておかなければならないほどの唾液臭に苛まれていたが、翔はそれに対してどうすることもできないまま、許可が降りるまでルルートの逆鱗を撫で続けていた。
「お、もうこんな時間か」
一度、強く吹いた風が夕日の光を運び、ルルートがそう呟いた。
「卵の配達、ご苦労だった。去年の運び屋は酷かったからな。また来年も頼む」
「おおきにおおきに! ほなら来年もまたよろしゅうたのんます」
「ああ。ソイツも連れてこい。支払いはまた今度、他のドラゴンに運ばせるが、受け取り場所は……」
翔が手を離すとルルートは立ち上がり、翼を広げながらキーウィと何かの取引の会話を始めた。
その会話がひと段落すると、キーウィは箱から卵を取り出して荷車から取り出した大きな布にそれを包み始める。
包み終えた布をルルートは慎重に掴むと、大きな翼を羽ばたかせて上空へ飛び立った。
力強い羽ばたきは周囲に強風を発生させ、翔とキーウィは自らの顔を覆う。土が少し捲れ上がり、二人の腕に細やかな粒がパラパラと当たる。
「……うわぁ、もうあんなところに」
顔を覆っていた腕を翔が下ろすと、もうルルートは空の彼方に飛び去っていた。赤い空に、濃縮したワインレッドのドットが上下する。
その様子をキーウィと翔は二人で眺めていた。
「そう言えば、俺今日ほとんど働いてないけどいいの?」
「ン? どういうこっちゃ。アンタは普通に働いとるやん」
「……へ?」
顔を執拗に拭きながら、キーウィはそう呟く。
「でも卵はこんで、ドラゴン撫でて、それだけだったし……」
「ンなことどうでもええがな。それよりもドラゴンは気まぐれやからな。報酬の交渉がここまでちゃんと進んでくれるように色々仕掛けときたかったんや」
「え、じゃあ提案とか全部……」
「ン、さぁどうやろなぁ? とりあえずこんなによだれまみれになるつもりではなかったことは事実やけども」
ヘラヘラと笑うキーウィの手のひらの上で全て転がされていたことに翔は驚きながらも、自分のこの程度の能力で役に立てたなら何よりだと思いながら、翔は荷車に乗り込んだ。
「くっさ!」
「ドラゴンの唾液付きの毛布も一緒に積んどるさかいな! 堪忍やで!」
そんなことを言いながら、馬車は草原を走りだす。
「あ! ドラゴンの写真撮り忘れた! キーウィ、呼び戻せる!?」
「アホなこと言わんとってや! それに今から呼び戻せたとしても帰り道が夜んなってしまうわ。途中で何個か村にも寄るし、追い剥ぎにおうて自分の大切なバロップちゃんが盗られるとか勘弁やからな」
「ん〜、わかった!」
翔は荷車から降りず、走っていく馬車から顔だけをだす。そしてポケットから取り出したカメラを構えて、シャッターを切った。
夕焼けに照らされて赤く染まった丘陵と山々、そして風に揺れる草花。遠くに飛ぶドラゴンの姿はもうほとんど点ではあったが、かろうじてわかる羽の形状から、それがドラゴンであると説明されればそうではないかと思えるほどの写真にはなった。
「あと……五枚か」
「お、まだ撮れるん? じゃあ自分も撮ってや」
「はいはい。じゃあ一枚だけ」
手綱を握りながらではあるが、器用に後ろを振り向いたキーウィを翔は撮影する。
「ええなぁ。いっぺん魔法写真家に撮ってもらいたかったんやが、こんなところで叶うとは思っとらんかったわ」
「現像にしばらくかかる……というか、フィルムを使い切ってから現像すると思うから、渡すのはまた今度でいいよね」
「いつでもええよ。ほな、じゃあちょっと遅なってもうたし飛ばすで! つかまっときや!」
キーウィの掛け声とともに、バロップの足踏みが早くなる。そしてそれは振動として荷車にも響いてきた。
二人はそのまま、帰路に着いていくのだった。
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