59 一方その頃
「だから、俺はやってねえっつってんだろ!」
「でもねぇ、アンタが万引きしてるところも、勝手に建物に入って行ってるところもカメラに残ってるんだよ。それに、人を殴ってるところもな」
「しらねぇよ! あのバカ社員どもが捏造したんじゃねぇの? ほら、ウチ、ゴミばっかだけど一応は映像制作会社だから」
「残念ながらそれもないな。こっちで色々調べたが、何度も言うように加工した形跡もなければ防犯カメラの映像なんてどこをどうやっても入手する方が難しいんだから」
取調室の中で、横柄な男が激怒している。逆鱗に触れられた竜のように怒り狂う彼とは正反対に、明鏡止水の心で取り調べを行っているのはブルドッグのような見た目の刑事だ。
「それにしても、アンタの嫁も娘もアンタのことはどうだって良いからさっさと離婚したいなんて言いだすなんて、アンタどんだけ酷いことしてたんだ」
「けっ。家に金入れてんだから何やったって良いに決まってんだろ」
刑事はその言葉が嘘だとわかっていた。この男は社員から残業代未払い等の裁判を起こされると知った次の日には、もう離婚届の準備と嫁子に財産の所有権を譲渡する準備を行なっていたのだ。一時的に自らの手元には資金を残さないようにする。
そうして口裏を合わせているのだ。
「はぁ、まあそれはいいか。余罪として追求するにはあまりにもだな。だが、この事実はどう誤魔化しても変えられんからな」
「だーかーらー! 俺はやってねぇっつってんだろ? お前、もしかして鼓膜も無くなってんのか? いつからマッポは障害者雇用枠で刑事雇ってんだ? アァ?」
「お前……!」
「おい、やめとけ。ここでの暴力が御法度なことくらいはわかってるだろ」
取り調べの調書をとっていた若い警官が男のあまりの物言いに立ち上がったが、刑事はそれを制止する。
「残念だ。黙秘されるとこっちも色々と調べないといけないからな」
「ケッ! 腹の痛くもない部分を探られようと、何も出てこねぇからな!」
「そうか。じゃあ、また明日の取調べまで待ってやる。それまでに心を決めておけよ。横山」
「死ね!」
取調室に男を残したまま、刑事はその場から立ち上がって取調室を後にした。
後ろから調書をとっていた若い警官もついて部屋から出る。
「お疲れ様です
「
「はぁい。反省してまーす」
「お前、牛丼奢ってやらんからな」
呆れて額を抑える若狭と呼ばれた刑事は、しかしその手のひらを顎に持っていき少し思案し始める。
「どしたんですか?」
「いや、少し違和感があってな。おい、この前頼んでた異世界人名簿、届いてるか?」
「こっちの世界で居住してる異世界人の名簿っすよね。届いてますよ。って言っても、そんな物好きな奴らは全員政府からの監視付きでも構わないからこっちに住まわせてくれって言ってる変人ばっかですよ? そんな名簿みて何がわかるんですか?」
「いや、何がわかるかはわからんが、何もわからないとは思えん。特に……って何見てんだ。おい」
「いや、最近流行ってるんですよ。この定点カメラ」
荻は若狭の話を適当に聞き流しながら、動画サイトをスマホで眺めていた。そこに写っているのは、平和そうな牧場の光景だ。
「なんだ、これ」
しかし、そこに写っているのは日本では、いや、地球では見たこともないような生物ばかりである。
「異世界の農園を配信してるらしいんですよね。最近これが面白くて」
「あ、そ。そんなもん見てるくらいならちょっとは仕事をしろ馬鹿が。とりあえずそれっぽい奴らをリストアップしたから、こいつらに聞き込み行くぞ。ほら、お前も覚えとけ」
若狭は荻に何枚かの写真を渡す。それぞれ下に名前と年齢が書かれていた。
「何を聞きに行くんですか? 横山はあんなですけど、絶対何か知ってるじゃないですか」
「わからん。が、刑事の勘が言ってるんだ。お前は何かを見逃してるってな」
「ふぅん。そっすか。にしても多いなぁ……神谷に永瀬、朝霧。あ、これあの被疑者がいた会社の社員だ」
「どれだ?」
「これですよ。前調べた時になんか見覚えある名前なんですよ」
荻が一枚、写真を引き出す。
「大津……
「えっとですね……」
若狭はコートを羽織りながら荻に尋ねた。荻は書類に載っている住所をメモすると、コートを機終えた若狭にそれを手渡した。
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