9 食は世界を超える

 帰り道、翔は家の冷蔵庫に何もないことを思い出してスーパーに買い物に出かけた。自炊もほとんどしないため何を買って良いかもわからずに、とりあえず手当たり次第に買い物かごに入れて行き、帰る頃には後悔してしまうほどに両手に袋を持っていた。


「ただいま〜って、誰も居ないんだけどさ」

「おかえりなさい〜」

「おかえり」


 しかし、そんな翔を出迎える声が二つあった。


「なんで二人ともいるの」

「いや、ははは……ムトさんに聞いたら今日会ったって聞いて、それなら私も行っても良いかなって」

「私もどうせ弁護士の仕事なんてあってないようなもんだからな。せっかくだからお前の家の偵察だ」

「弁護士の仕事があってないようなモノなわけないだろ。それにしても、どこから入ってきたんだ。鍵は閉めてたはずなんだけど」


 翔のその言葉に対し、二人はクローゼットの方を見る。


「そうか、そっちからか……」

「せっかくだから私、晩御飯作りますよ!」


 アーミアが少し興奮気味に提案する。その真意は翔が居ない間に触ったキッチンの凄さに驚愕したから、ということだった。


「助かるよ。ちょうど買いすぎちゃってね。アーミア、適当に使っていいよ」


 翔がキッチン横に袋を置くと、アーミアは目を輝かせてそれらを手に取った。どれが何かの質問に答えつつ、翔は部屋に服を置く。

 アーミアは何かを思いついたようにいくつかの食材を手に取ると、慣れた手つきでコンロに火をつけた。

 

「あの様子だとだいぶキッチン漁ってたな……。それにしてもお前も弁護士だろ。アーミアはわかるとしてお前は特にプライバシーとか気にするべきだろ」

「そんなものがあったら弁護士なんて楽しい仕事やってないね」


 テーブルの前に座ったムトがつぶやく。人間の見た目かと翔は勘違いしていたが、近くに寄ってみると下半身だけが鳥の状態だった。ムトは翔の視線に気がつくと「鳥に近い方が楽なんだよ」と言う。


「ムトさんどうしますか? 夕食」

「あ、私も食べる〜」

「俺の買ってきたものだぞ……って言っても意味ないか」


 翔は迷惑じゃないかと思ったのだが、二人分も三人分も同じだとアーミアは笑いながらキッチンに向かっていった。


「そういえばさ」

「なになに?」


 料理をしているアーミアを見ながら、翔が口を開く。


「言葉、なんで通じてるのかなって。アーミアもムトも異世界人だよね」

「ああ、それか。こっちの世界では人間はね、生まれた時に耳と喉に魔法紋が刻まれるんだよ。これで誰とでも言語の壁を通り越して話せちゃうってわけ」

「なるほど。便利だなぁ魔法って。まあ、でも独自の進化って思えばそこまで行っていてもおかしくはないか。翻訳アプリとかとおんなじってことだし」

「私のこれは自前の魔法と独学の勉強だけどねぇ」


 自慢げに頭を指差しながらつぶやくムトを無視して翔はアーミアの料理を眺めていた。

 翔が時折食材についての質問に答えながらではあったが、アーミアはしばらくすると料理を完成させてテーブルに運んでくる。

 トマト缶と海鮮を使ったアラビアータに似たものだ。アーミアが乾麺と唐辛子、そして海の幸について興味を示したが故のメニューということだった。

 三人は三者三様に食事に感謝を述べ、パスタにフォークを突っ込んだ。


「うま……」

「食材に恵まれただけですよ。それにしてもこんなに豊富に使えるなんて、この世界は幸せですね」

「向こうで食べたものも素材! って感じがして俺は好きだけどなぁ」

「私はなんでも好きだぞ。生のネズミの肉が美味い……あでっ!」


 翔はムトの後頭部を軽く叩いた。食事中にする会話ではないことを嗜めつつ、食事が進んでいく。


「ご馳走様」


 アーミアの腕が良いからだろうか、翔が一人暮らしを始めてから一度も味わったことのなかった満腹感と幸福感が一気に押しよせてきた。


「そういえば配信の方はどうなってるかわかる?」

「んー、まだ何がどうなっているのかわからなくて、ドウセツ? って言うのが指標なんですよね? とりあえずマルハスたちやガベル、あとは他にもいろんな子たちが来ていたみたいなんで、いっぱい見てる人たちは楽しめてると思います!」

「それはいい。何もない時間が定点カメラ配信で一番きついからね。ただなぁ……見てくれている人が何人いるか、からまずはスタートだから、ちょっと心配かな」


 同時接続者数、通称同接。その数はイコールで広告の再生回数に直結する。投げ銭なんかよりも真っ先に気にすべき数字だ。だが、どこをどう見れば良いかわからないアーミアにとってそれを確認する方法を知ることは簡単なことではないようだった。


「俺のスマホにアカウント情報移しそびれたからなぁ……。今から行くってのも流石に遅い時間すぎるし、明日じゃあ確認するよ」

「私が確認しておこうか?」

「いや、ムトはどちらかというと見られる側に回って欲しいかな。デカいフクロウなんてこっちの世界だと見る機会もないし」

「そ、じゃあいいや」


 その日はそのまま何もせずムトとアーミアは異世界に戻り、翔は翔で、特に何もすることもなく就寝した。

 部屋の電気が暗くなったのにも関わらず、翔の耳には幸せな騒音がずっと消えなかった。


ーーー


user:今北産業

user:可愛い 異世界 配信中

user:こんな異世界見たことないんだが。どこだこれ。

user:知らん。声は聞こえるが、出てくる女の子は明らかに異世界人っぽいから裏で誰かいるかも

user:02:38:16 クソデカフクロウ襲来。なんかカメラに手振ってた


 現在視聴者数がクルクルと回転していく。2800、3600、5000、7200、10000。

 深夜にも関わらずずっとそこには何かが映っていて、餌を食べたりカメラを舐めたり、時には眠ったり。アクシデントは起こらないが、だからと言って暇な時間もない配信の右上に表示された数字は、刻一刻と増加していった。

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