73 見つからないことへの辟易
「記憶操作魔法って、クォーツさんが使ってるやつだっけ。やっぱり他にも使い手がいるのかな」
「いや、それはない。そもそもあの魔法は高度なものな上に、あいつのもの以外は私なら感知できる」
「え、でもクォーツさんは特に何も問題なく……」
そこで翔の口が止まった。最悪の結果になってしまったことを自分でも理解したからだ。
「気が付いたか」
「え、いや……でも」
翔が戸惑っている間にも、ムトは何度となくため息をつく。
「屈辱だな。まさか私もあの男にやられてたとは」
「でも、いつそんなことが……?」
「さぁ、記憶操作の魔法に関しては私も詳しくはない。ほとんどアイツ専用の魔法だからな。類似したものが出てきたとしても詳しくひも解くほどのからくりもないマガイモノだ。だが、まあかけられたとしたら私たちがクォーツと会ったあのタイミングだろうな」
翔とムトは顔を見合わせる。間違いない。二人がムトの事務所にクォーツを招いた、あの時だ。
「だが、私もアイツは警戒していたはずだが……そんなそぶりは見せなかったな。まあ元々私の人間化の魔法も常時発動していたから、あまり魔力の残滓を嗅ぎ分けるほどの警戒はできていなかったが、それにしても認識の変化を起こしたにしては変化を感じなさすぎた」
ムトは何かを考えるそぶりを見せたが、直後に自らの頭を掻く。
「ダメだ。あの魔法だけはよくわからん」
そう呟くムトの表情は、見たことがないほどにイラついていた。
そんなことをしていると、ギュルと取り巻きの司書たちが山ほどの本を運びながら翔たちの前に降りてきた。その人数はいつの間にか十を超えており、大所帯になっている。
「お二方、本に触れていってください。僕の探知の魔法を全力で使えば、何かわかるかもしれません」
大量の本の山に、翔とムトそれぞれに五人ずつ司書がつく。それぞれが二人の両脇から本を差し出し、触れるとギュルが「違う」と言い別の司書がそれを新たな山として積んでいく。
五分、十分、二十分とそれは続いていったが、ギュルは「違う」以外の言葉を発する事はなかった。
「で、結果はこれと」
「……ご期待に添えず申し訳ありません」
ギュルが頭を下げながら、ムトに謝る。周囲には大量の本の棟が連なっており、利用客も何ごとかと驚いた様子で翔たちを眺めていた。
「おい、めっちゃ良い本だなこれ。わかりやすい上に実用例まで……何事だ?」
我関せずといった様子でラプタが本を持って戻ってきながら、現状に対して驚いた様子を見せていた。
「ん〜、俺の欲しい本を探してもらってたらこうなったというか……」
「へぇ、ここでも見つからないことってあるんだな」
ラプタの言葉で、ギュルの目には炎が灯った。
「いや、僕ならできます! しばらく滞在されるんですよねムトさん!」
腕を上げ、司書総動員で動き出そうとするギュルの肩をムトが掴む。
「待て待て待て、原因はわかっているから、そっちの対処法をよこせ。というか、私は最初からそれを頼もうとしたのにお前は一人で突っ走って時間を無駄にする。そういうところを直せと何度も言っただろ」
「す、すみません。それにしても、原因……ですか」
「ちょっと込み入った事情がある。一般人を巻き込むのは面倒だから、どこか応接室にとおせ」
止まる司書たちを帰しながら、ギュルは翔たちを言われるがままに応接室に通した。レシピ本を読み耽っているアーミアも連れて行かなければならず、翔は少しだけ椅子から立ち上がらせることに苦労するのだった。
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