74 覚えのない賢人

 ゆったりとしたソファに、翔とムト、そしてアーミアが座っている。ラプタは関係ないからと別室で待機することになっていたが、アーミアは翔たちと一緒に話を聞くこととなった。


「改めてだが、クォーツという名前を覚えているか?」


 ムトの言葉に、ギュルは首を傾げる。


「クォーツ……聞いたことがあるようなないような……」

「知らんのか。私の世代だと私レベルに有名だと思ったんだが」

「さぁ、僕もムト様以外の魔法使いに興味はありませんでしたし……」

「お前、本当にキモいな」


 ムトがドン引きしている横で、翔はアーミアに事情をある程度説明していた。


「なるほど。ムトさんって確かにムトさんの名前だけでうちの農園まで来る方もおられたくらいでしたし、それくらい有名な方ってなると私でも知っててもおかしくないと思うんですけど……私もクォーツさんという方に聞き覚えはないですね」

「そうでしょう? ニルン、ガブ、二人は聞いたことあるかい?」


 ギュルが後ろに立つ司書二人にも問うが、二人ともその名前に関して知っていることはないと首を振った。


「ん、おかしいな。私、クォーツ、アーロ、ディエスの四人が魔法使いの最先端だったはずなんだが……」

「アーロとディエス……?」


 翔の問いかけに対して、ムトが説明し忘れていたといった表情で翔の方を向いた。


「ああ、もう二人とも死んでいるがな」

「アーロ様は老衰で、ディエス様は都市一つを守って……」


 先ほどと違い、ギュルは懐かしそうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべている。


「私もそのお二方の名前は知っています。って言っても私が生まれた頃にはもう亡くなっていたんで、おとぎ話みたいな形で、ですけどね」

「へぇ、じゃあクォーツだけ誰も覚えてないのか」

「そうですねぇ。私もアーロ様のお葬式には参列させていただきましたし、ディエス様関連の書籍であればこの図書館だけでも三十二冊ほどあるはずですしねぇ」


 ムトが顎をさすりながら思案している横で、ニルンが翔とアーミアに混ざってきた。


「そんなはずはないんだがな……。なんならギュル、お前も会ったことがあるはずだ。真っ黒の毛並みで、すらっとした白髪のイケすかない男なんだが」

「真っ黒な毛並みの方はムト様に同行させていただいていた時でも何人か会わせていただきましたが、頭髪持ちの方は居られなかったような……。申し訳ありません。僕の記憶力なんてあまり当てにならないですが」


 謙遜するギュルに対して、ガブと呼ばれていた司書が「何言ってんだこいつ」と言った表情を浮かべている。猪の獣人であるにも関わらず、その表情筋はとても豊かに動いていた。


「お前のそのバカみたいな記憶力ですら覚えてないのであれば、そうなんだろうが……」


 ムトが呟く横で、翔はニルンの方に顔を向ける。


「ギュルさんってそんなに記憶力いいんですか?」

「えぇ。館長は完全記憶ができるんですよぉ。見たものは全部覚えてるんですぅ」

「へぇ、そんな魔法もあるのか」

「魔法じゃないですよぉ! 元々持ってた……なんて言うんでしょ。能力的なやつですぅ」


 そう言われて翔はそんなものがあることを思い出した。完全記憶。見たものを瞬間的に覚えてしまい、忘れることができなくなる能力だ。

 ただし、これは能力、というと語弊がある。それは障害とも呼べるほどに人生に酷く作用するものだということも翔は覚えていた。


「じゃあ、そのクォーツさん……? に関して記述されているものを探せば良いんですかね? でも、僕が覚えている限りでそれは……ないんじゃないかなぁ」

「いや、あるはずだ。そして、覚えている司書を探せ。居たらソイツに探させろ。もし居ないのであれば、総動員させろ。緊急事態だ」


 ムトが強い口調で指示を出す。その気迫は鬼のような表情を見せていた。


「おい、どうしたムト?」

「大変なことが起こっている可能性がある。ギュル、後で説明するから今すぐいけ!」

「は、はい! ニルン、ガブ、他の職員全員に連絡しなさい!」

「「はい!」」


 ギュルの指示と同時に二人の司書は応接室を走って出ていった。


「で、何が起こってるんだ」


 翔が冷や汗を流しながらムトに問いかける。アーミアは突然のことに戸惑いながらムトの方を不安そうに見つめていた。


「まあそう不安がるな。最悪のことを想定しただけだ」


 四人が残った部屋の中で、ムトは語り出した。

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