31 誰にでも上手くはできないもので

 翔はレンガに被せていたシートを取り除くと、それを丁寧に畳んで脇に置いた。


「やっぱ百個もあると迫力あるなぁ……っと、そんなこと言ってる場合じゃないんだよな」


 スマホの向こうではDIYを行う男性が一つ一つの工程を丁寧に解説している。

 翔はその工程をなぞるようにして、作業を進めていった。


「モルタルに入れる水の割合は……こんなもんか」


 翔自身が魔石を使うことはできないが、アーミアに頼んで魔力を貯めておいてもらった魔石を使って翔は水を出していた。それを丁寧に、未だ粉の状態のモルタルに注いでいく。


『水分の分量は計らなくてもこれくらいかなで大丈夫!』

「そのこれくらいがわかんねぇんだっつの」


 そんなことを愚痴りながら、翔は作業を進めていった。


・・・


「戻ったぞ〜……って、何してるんだお前」


 夕暮れ、ムトとアーミアが大きな箱と袋を抱えて帰ってくると、餌場の近くで項垂れている翔を発見した。

 レンガの山は一つも動いておらず、脇には固まったモルタルが入った桶だけが置かれている。


「ど、どうしたんですか?」


 二人は抱えていた箱を一度邪魔にならない場所に置くと、翔に近寄っていった。


「ごめん……色々と調べながらやろうとしたんだけど、準備も足りないし全く何言ってるかもわかんないしで、その」


 へら、と翔は少しだけ笑いながら言う。だがその瞳孔は少し震えていて、誰が見てもその表情は自己防衛のための表情でしかない。

 翔の中にあるのは、社長の怒りの記憶だった。社長の失敗ですら自分の責任だと叱責される状況で、自分の失敗がどれほどまでに叱責されたかなんて思い出そうにも思い出せない程に辛い記憶だった。

 アーミアとムトがそんなことをするとは思っていなくとも、翔の中では社長の怒りがフラッシュバックして取れなかった。


「ん、まあこっちも色々あったしな」

「普通に男の人の人手があるだけで助かりますよ。気にしないでください。それに、まだ全然残ってるじゃないですか」


 そんな翔の不安をよそに、二人は呆れたように笑う。


「でも……ほら」

「怒って欲しいのか? 私が怒るということはお前が死ぬということだが」

「やめてくださいよ! ムトさん、カケルさんは今落ち込んでるんですよ? そんな追い打ちをかけるようなことを言っちゃダメですよ。さ、カケルさん。晩御飯にしましょう! すごいんですよ! カケルさんが前連れていってくれたところもすごかったんですけど、ムトさんと行ったところなんか、とっても大きな建物の中で山のように食べ物が積んであってですね!」


 子供のようにはしゃぎながらアーミアは持って帰ってきた袋の中を翔に見せる。そこにはムトも含めて三人でも二週間あってやっと食べきれそうなほどの量の食材が詰め込まれていた。


「じゃあ私、夕食作ってきますね! 味見してみたい食材がいっぱいあるんですよ!」


 その場で足踏みをしながら早く行きたいと体で表現しているアーミアに、翔は「よろしく」と一言伝える。その瞬間、足にバネを仕込んでいるのかと疑うほどの瞬発力でアーミアは家の中に飛び込んでいった。


「会員制の大型スーパーに行かせてやったんだ。うるさくて敵わなかった」


 ムトがぶっきらぼうに言うが、アーミアに言い負けたことくらいは落ち込んでいる翔の目にも明らかだった。


「お前が失敗することもわかっていたぞ。ド素人がレンガでそんなものを作れるとは思ってなかったしな。この前の意趣返しだ。どうだ? 自分の非力さがわかったか?」

「ははは……まあ、なんでもできるなんて万能感を持ってたことは否めないよ。ここに来て、アーミアの手伝いなんかして、配信の方もすごいバズっちゃったしさ。何やっても成功しちゃうんじゃないかなとは思ってた」

「若いな。お前ができないことなんて山ほどあるのに、それを自覚していない」

「ムトもそうだった時期がある、みたいな言い方だね」

「知るか。ただ、土産がある。落ち込んだままで私に接するなら私だけで独り占めするわけだが……」


 ムトの手には一本の角瓶が握られていた。透明な液体と、表面のラベルには筆文字で何かが書かれている。


「酒?」

「山椒酒だ。ここの酒は私のお気に入りでな。飲まないなら私が全部もらうが」

「もちろん、もらうよ」


 翔が立ち上がると、ムトが背中を叩いてくる。


「チャレンジする愚鈍はそれだけで価値がある。それを忘れるなよ」

「はは、心に留めておくよ」


 家の中からはすでに燃える音が聞こえてくる。アーミアがそろそろ調理を始めるようだ。


「カケルさん、ちょっと来てもらってもいいですか! このマスタードってやつなんですけど……」

「はいはい! 今行くよ! ありがとう、ムト」


 翔はムトに礼を言うと、家の中に駆け込んで行った。

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