30 出立
「うお、めっちゃ晴れたなぁ」
空を眺めながら翔はつぶやいた。昨日はあれから夕食を食べた後、汗でベタついた体を濡れたタオルで拭いてそのまま眠ったのだ。それは一日を真剣に働いたという事実への勲章のようなものだった。
家から出ると、昨日の晩の雨が嘘のように綺麗に晴れていた。
雨露に濡れる草花とは対照的に湿度もないのかカラッとした空気で、雨が降ったにも関わらず深呼吸をすれば口の中が軽く乾くほどだった。
昨晩立てた避雷針は用済みとばかりに倒れており、翔はそれを邪魔にならないように少しよける。その音で気がついたのか、作業中にアーミアが翔の近くに寄ってきた。
「おはようございます。今日は早く起きれたんですね」
「マルハスたちに顔を舐められてたら目が覚めちゃって。ちなみに今日は……?」
「今日は……ん〜、正直、やることは大体私一人で終わらせられるんですよね。もちろん翔さんに教えていきたいとは思ってるんですけど、それよりもやらないといけないことが多くて……」
アーミアはそう言いながら家の裏手をチラリと横目で見た。
「あ、そうか。動物達の餌場がまだできてない」
「そうなんですよ。ミルクボアたちは牛舎があるんでそっちでご飯をあげられますし、マルハスたちやガベル達には私の手からでも今はご飯をあげられるんですけどね。ただそれでも数も多いですし、ここに住んでない野良の子達は私の手からは食べてくれないから、大きくてずっと置いておける餌場は早く作っておきたいんですよね」
「じゃあ俺は今日はそっちに専念かな。アーミアの方で何か手伝えることがあれば言ってくれればすぐに行くから」
「うーん、そのことなんですけど……」
何かを待つような視線で、あたりをアーミアは見回す。
「今日は翔さんの代わりにカメラ、でしたっけ。それを買いに行くんですよ。もうすぐしたらムトさんが……と、噂をすれば」
空から空を押すような大きな翼の音と共に、フクロウが翔の元に舞い降りてきた。
「なんだ、お前ももう起きてたのか」
「おはよう」
「アーミア、私の準備はできたから、お前も着替えてこい」
「はーい」
アーミアは元気よく返事をすると、家の中に走って戻って行った。
「お前、どうするんだ」
「ん、まあなんとかなるでしょ。動画サイトで見るし」
「それはどうでもいい。それよりもカメラだよ。予算はあるのかって聞いてるんだ」
「ん、ムトが出してくれるんじゃないの?」
翔がそう言うと、ムトは無言で翼を大きく広げる。
「嘘だって。クレカ……は使えないし、銀行のカードも暗証番号教えられないからなぁ……。一応貯金があるからそっちを切り崩してなんとかできるけど、ムトにそれまでは立て替えてもらうことになるかも」
「ん、そうか」
「嫌じゃない? 結構高いよ。カメラとかって」
「そんな端金気にならん。弁護士の給料を舐めるな。それに、お前の部屋の戸棚の上から二番目右の棚の二重底の下に入っている通帳を見るに、返せるとは思うからな」
「い、いつの間に見たんだよ……」
「いつって、昨日だが」
当然のように家の中のものを把握されている事実に翔は抗議しようとしたが、何を抗議すればいいのかわからないまま舌だけがくるくると回転している。
ムトはそれが面白かったのか、声を押し殺しながら笑っていた。
「まあ、私が手をわざわざつけるほどの額ではなかったし、家の周りをうろついてるゴミみたいな変装魔法を使ってる奴らも家の中には入って来んだろうから気にするな」
「ああそうかい。安心したよ高給取りさん。と、それよりもやっぱり居るのか」
「あぁ、三人だ。アーミアには心配させるから伝えてはないがな」
「その方がいいや」
そんなことを話していると、アーミアが着替えて家から飛び出してきた。あまりにも駆け足で飛んでくるので翔がどうしたかと尋ねると、アーミアは興奮気味に出かけることが楽しみだと語った。
白いワンピースにネックレスをつけたアーミアを見て、翔は少し心臓の音が跳ねるような感覚に陥ってしまった。
「ふふ、綺麗ですか?」
そんな翔の様子を知ってかしらずか、アーミアは見せつけるようにくるりとその場で回った。
「あぁ、綺麗だよ」
「ふふふ、ならよかった」
アーミアの赤い髪の毛をムトが魔法で黒く染める。そしてそれが終わると、ムトは人間の姿に変化した。
二人はそのまま異世界への扉に向かう。翔の部屋に繋がっているところへ、だ。
「じゃあ、行ってくる」
「誰か来客があったら、私は出掛けてるって伝えてください。お昼ご飯はキッチンの上に置いてあるサンドイッチを食べてもらって大丈夫です」
「わかった。いってらっしゃい」
アーミアは翔に手を振りながら、ムトに連れられて異世界への扉の向こうに飛び込んでいった。
「ふぅ、じゃあ俺もやることやらないとな」
腕まくりをしながら翔はスマホを開く。動画サイトの中でレンガの積み方を調べながら、翔は家の裏に歩いて行った。
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