29 雷雨への対策

 日も落ち始め、外ではザァザァと雨粒が屋根を叩く音が聞こえてくる。

 家の中に入りたいと望んだマルハス達をダイニングに並べ、翔とアーミアはタオルで彼らの毛皮を拭いていた。


「外にいる子達って放っておいていいの?」

「ええ、基本的にここは放牧型でやってるので、汚れたい子は汚れさせてます。もちろん夜になったらみんな小屋に戻りますし、後で野生の子たち用に置いてある廃馬車の幌もおろしますしね。雨も降り始めちゃったんで外で遊ぶ子はいないですよ」

「なるほど。そんなもんか」


 パラパラと降り始めた雨はそんなことを話している間に拍手喝采のような大雨になり始めた。雨漏りはしていないようで、翔はその心地よい音に耳を傾けていた。


「そういえば、麦の脱穀っていつやるんだっけ。ちょっと干してからなんだよね」

「大体自然乾燥で二週間ほどですね。っていってもウチで使う分なんで、風魔法で時間短縮させて一週間くらいで済ませますけど」

「ふぅん、風味が違うとかかな」

「らしいです。って言っても私にはどっちも美味しく感じるんですけどね。……と、雷が鳴りそうですね。ちょっと手伝ってもらっても良いですか?」


 少し遠くの雲の中で、雷鳴が鳴り響いている。まだ稲光は農園まで届いていないが、しばらくすれば雷雨になりそうなことは翔の目にも明らかだった。

 アーミアはマルハス達を下ろし、棚の中からカッパを二つ取り出す。そして一つを自分で着ながら、もう一つを翔に差し出してきた。

 それは制服と同じように大きなサイズで作られており、翔の不規則な生活で大きくなってしまった体格も全て覆い尽くすほどの大きさだった。

 油紙製のそれは強度こそ少し心許ないが撥水性は十分なようで、外套のような見た目をしていることも合間って翔はそれをとても気にいった。ただ、強度の観点からも心配であることは確かで、アーミアにレインコートをプレゼントしても良いかもな、などと考えていた。


「早く! 雷きちゃいますよ!」


 アーミアが扉を開けながら翔に告げる。急かされるまま、翔は土砂降りの雨の中に飛び出した。

 翔が心配していたよりも、外套の撥水性は高く、靴に水が染み込んでくる難点以外は比較的快適に雨を防いでくれていた。


「翔さん! これ立てられますか!」


 雨音の騒音でかき消されないように、アーミアが大声で言う。家の前、ちょうど少し広くなって、キーウィが馬車を停めていたスペースの脇にアーミアは立っていた。

 翔が向かうと、アーミアはどこからともなく金属製の棒のようなものを引っ張ってきていた。先端に行くまでにゆっくりと細くなっていき、根元と先端にはオレンジ色の塗装がなされている。


「立てられるとは思うけど、でも地面には刺せないと思うから、すぐ倒れるんじゃないかな!」

「大丈夫です! 一旦立てちゃってください!」


 長さは三メートルほど。槌でもなければ立たないようなそれを、とりあえず翔は持ってみる。見た目通り少し重く、先端からゆっくりと持ち上げつつ根元に支点を移動させて翔はそれを立てて行った。

 すぐに棒は直立するが、翔が手を離せば風とともに倒れてしまいそうだ。この重さのものが倒れて、それが人に当たってしまえばひとたまりもないだろう。

 だからこそ、翔はグッとその手に力を込め続けていた。


「翔さん、手を離してもらっても大丈夫ですよ!」

「いや、流石に危なくないかな! アーミアの方に倒れたら怪我するよ!」

「大丈夫です!」

「……わかった。ただ、本当に万が一もあるからアーミアはちょっと離れて、逃げる準備だけしておいてほしい!」


 翔もアーミアが嘘をついているとは思っていない。ただ、手にかかる重量がその危うさを物語っているのだ。

 アーミアはそんな翔に対してこくりと頷いた。


「じゃあ私は廃馬車の方に行ってくるんで、よろしくお願いしますね!」


 翔はそれを見て、ゆっくりと手を離す。

 どの方向に棒が倒れても良いようにと翔は準備をしていたが、アーミアが言う通りそれは倒れることなく天を差し示していた。


「何がどうなってんだ」


 雷がすぐそこまで迫っていたため、翔はそのまま走って家の中に飛び込んだ。すぐさま後ろからアーミアも飛び込んでくる。翔は合羽を脱ぎアーミアに渡した。アーミアがそれをしまっている間に、濡れた靴と靴下を脱いで床に置いた。

 マルハス達が興味を示してそれらに鼻を近づけては、驚嘆したような表情で数秒固まるを繰り返していた。

 濡れた床をアーミアから受け取ったタオルで拭いていると、合羽をしまったアーミアがダイニングに戻ってきた。


「さっきのやつ、先端がオレンジ色になってたの気がつきました?」

「ん、ああ。なんかそんなだった気がする」

「あれが、雷に誘引されてるんですよ。遠くで雷が鳴っているってことは、繋がっている雲の中にももうすでに雷の魔力が溜まっているってことですからね。それにつられて支えずとも立ち続けるんですよ。あとは避雷針の役割を果たしてくれたらお役御免って感じですね」


 アーミアの説明を翔は半分程度しか理解できなかった。だが、理屈として立ち続けるということであれば大丈夫か、と一人納得する。

 アーミアはカップを一つは翔の前に、もう一つは自分の前に置いた。中身はコーンスープのようだ。粒を完全に濾しておらず、ところどころで黄色いとうもろこしの粒が浮いている。

 

「それにしても、こっちの世界にも避雷針ってあるんだな。大きさも形も違うけど、俺の世界にも全くおんなじものがあるんだよ」

「へぇ、面白いですね! 私もあれがどうやって出来上がったのか詳しく知っているわけじゃないんで、もしかしたらカケルさんの世界から渡ってきたものがこの世界で改良されたのかもしれないですね」

「確かに、ムトが異世界への扉を任意で開けるのだから、誰かが伝えていてもおかしくないか」


 コーンスープをすすり、冷えた体を温めながら翔はつぶやいた。


「あ、そうだ。今晩はくるみとチーズのガレットでも良いですか?」

「ん、美味しそうだね。それでいいよ。俺もチーズ好きだし」

「あ、そうではなくて、カケルさん、大きな体ですし、量は足りるかなって。この前も、パスタを結構な量食べられてましたよね?」

「あぁ、気にしないで。食べなくとも大丈夫で、食べようと思えばいくらでも食べられるってだけだから」


 だからこそ、食べることでしかストレス解消ができなくてここまで太ってしまったのだが、と言う言葉を押さえて、翔は夕食の準備に向かうアーミアをマルハスを撫でながら眺めていた。

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