28 ゆっくりと変化する空

「お疲れ様です」

「ん、ありがと」


 アーミアは束になった穂の横で少し休憩している翔に革でできた水筒を差し出した。中には水が入っているようで、翔はそれを大口を開けてのむ。


「にしても、麦とかってもうちょっと後に収穫するもんじゃないのか?」

「え? そんなことないですよ?」


 翔は一度、ロケの撮影の時に行った北海道での記憶を思い出していた。一面に広がる麦の平原は、六月ごろに収穫時期を迎えていたはずだ。

 今は四月の中旬。少し暖かくなってはいるものの、収穫時期と比べると少し早い。早くに収穫するものだったとしても、これでは十分に成熟しきらないのではないだろうかという不安が翔の中にあった。


「あぁ、なるほど。そこはこっちの方が技術的に上回ってるんですね」

「技術的に?」

「ええ、魔法である程度育成速度を早めたり、あるいは育成しにくい時期にも植物が育つようにしたり、土壌に栄養を行き渡らせることができたり、そういうことが得意な人の積み重ねで、大体年に四、五回は収穫できるようになっているんですよ」

「へぇ……だからこんな小さな畑でもなんとかなるのか。それじゃあ食料問題とかはこの世界ではあんまり考えられてないんだ」

「そう……なんですかね? 私はこの農園以外ほとんど知らないので……。ただ、確かに食べるものはちょっと安いかもしれないですね。まあでも詳しくはキーウィさんに聞いた方が良いかなぁ」


 そんなことを言いながら、翔とアーミアは穂を担ぎ上げた。


「これを脱穀して、挽くんだっけ」

「へぇ、そこは知ってるんですね。大体は挽く前のものをキーウィさんに渡します。脱穀まで済ませていた方が高値で買い取ってもらえるんですけど、私一人では結構大変なんでこのまま渡すことも多いんですよねぇ」

「なるほどね。で、ちょっと残してここで食べるのに使ったりすると」


 穂先の実っている部分と茎の部分を切り分け、翔とアーミアはそれを選別していく。翔は慣れているアーミアの十分の一程度の速度しか出せなかったが、それでも誰かと作業ができること、そして人手が増えたことにアーミアは終始喜びを顕にしていた。


「よし、と。こんなもんかな。そっち持つよ。で、どこに運べばいい?」

「あ、じゃあどうしようかな……。翔さんの選別したやつは私たちが食べる用にして、私が選別したやつはキーウィさんに渡す用にしましょうか」


 翔は選別し終えた麦の束を脇に置くと、アーミアの脇に置かれた束を一気に持ち上げた。ちょうどそれと同じタイミングで、農園の入り口の方から馬の足音が聞こえてくる。

 行商人がやってきた合図だ。翔は麦の束を肩に担ぎながら、アーミアと一緒に訪れた行商人のもとに向かった。

 馬車はゆっくりと農園の敷地の中に止まると、御者を行っていたキーウィがそのまま運転席のような場所から飛び降りてくる。


「えーっと、今日はレンガとモルタル運ばせてもろたんで、確認よろしゅう頼んでもええでっしゃろか?」


 キーウィは手元にまとめた紙をめくりながら、アーミアにそう語りかけた。


「ええ、わかりました。あと、麦の買い取りって一緒に行ってもらっても構わないですか?」

「ん、構わんよ。ほんなら五万ピッチからその分差し引いてええんかいな?」

「ん、そうですね。お願いします」


 会話を終えたキーウィは積荷からレンガを下ろし始めた。翔とアーミアもそれを手伝い始める。

 キーウィはあくまでも荷馬車から商品を下ろすだけだったため、翔とアーミアの二人で餌場のあった場所までレンガを運ばなければならなかったからだ。

 キーウィは用事があると帰って行ったが、二人はその後も昼食を挟みながらそれを運び続けていた。


「疲れたー!」

「疲れたー! なんでおいらもー?」

「疲れたー! おやつ欲しい!」


 途中からカートル達も手伝いながら、レンガを全て運び終える頃にはもうすぐ夕方になりそうな時刻だった。


「はぁ……はぁ……。疲れた……」

「重かったですね」


 カートル達は舌を出しながら地面にコロコロと転がっている。アーミアはそんなカートルたちにビスケットのようなものを一枚ずつ渡すと、カートルたちは今度こそと遠くに走り去っていった。


「今日の仕事はこれ以上は難しそうですね。モルタル……でしたっけ? それも聞けば水を含ませて使うってことは乾いたら大変じゃないですか」

「ん、それもそうか。こういうのって魔法でなんとかならないもんかねぇ」

「ははは、魔法もそこまで万能じゃないんですよ。ちゃんとその魔法を行うための準備が必要なんですから。……まぁ、ムトさんとかは別ですけど」


 並べられたレンガに座り、翔は天を仰いだ。横では動物たちが何事かと寄ってくるが、翔は疲労感でそれらを相手することはできないままだ。

 そんな最中、空が段々と鈍色に変化していった。水彩絵の具をこぼしたようなムラのある空は、湿度の高い空気を運び、雨の香りを翔の鼻腔に押し付ける。


「雨か。パソコンとかしまっとかないと。まだ雨避けも作ってないし」

「翔さん、じゃあついでに雨が本格的に降り始める前に、レンガにまくをかけちゃうの手伝ってもらっても良いですか?」

「ん、わかった」


 アーミアは家の横に立つ納屋の中からテラテラと光るシートを取り出してくる。そしてそれらを翔と一緒にモルタルとレンガの上に乗せた。


「ところでこれって何?」

「大きなウシガエルの革ですよ。防水にぴったりなんですよねぇこれ」


 ウシガエル。そう聞いた翔は茶色の少し大きな蛙を脳内で想像していた。が、実際は人を飲み込むような牛の姿をした、しかし体毛が一切生えていない緑色の魔物であることを、まだ知らない。

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