71 必要と不必要のはざまで

 図書館、そう呼称するにはあまりにもそこはがらんどうだった。いや、がらんどうと言ってしまうとすこし語弊がある。

 翔たちの視線の先にはいくつものテーブルとイスがならんでおり、そこではたしかに様々な獣人たちが本を読んでいる。しかし、本棚はなくそれでいて広くスペースをとっているせいでがらんとした雰囲気を与えているのだ。


「ここが……図書館?」

「ああ、そうだが。ほら」


 ラプタはそんな光景に困惑している翔の頭上を指さした。


「うっわ!」


 翔がその指に合わせてゆっくりと頭上を見上げる。

 そこに広がっていたのは、宙を舞うように移動する本棚の群れだった。その間を人々は飛び交い、本を手にとってはどこかへとまた飛んでいく。鳥系のそれではないにもかかわらず、彼ら彼女らはその空間を我が家のように飛び回っていた。

 さらに、本が傷まないようにと日の光が中に入ってこないようになっている構造の建物の中で、しかしそれをカバーするように間を照明が躍っている。

 その人々に共通して言えることは、彼ら彼女らが制服のように同じ色のエプロンをつけていたことだった。

 見上げたまま口を大きく開いている翔を見て、そのうちのひとりがゆっくりと降下してきた。


「こんにちはぁ。今日はどんな本をおさがしですかぁ?」


 たれ目で柔和な表情を浮かべた、少しふくよかな狸の女性。そんな彼女が翔の前に降り立つ。その側頭部では何本も体毛が編み込まれており、カラフルにそこだけ染色されていた。


「あ、ええと……」

「あぁ、そっかぁ。ここ、初めての人なんですねぇ。えっとぉ、お連れさん全員がそうってことでいいんですかねぇ?」

「いや、コイツと、あとアーミア……あー、この嬢ちゃんだけが初めてだ。俺とこっちはすでに来たことがあるから、よろしく頼む」


 ラプタはそう言うと、手近にあった椅子にぐでんと腰かけた。ムトは興味なさげに翔の後ろに立っているままだった。


「あぁ、じゃあ外の司書が対応しますねぇ。で、お二人さんははじめてなんですよねぇ。じゃあ、ここの使い方なんかを説明しておかないとですねぇ」


 狸の女性は自らをニルンと名乗ると、図書館の使い方を説明し始めた。


「ここは、みなさんが欲しい本を勝手に読み取らせてもらって、そこから私たちがその本を取りに行く形になっておりますぅ。一応鳥系の空を飛べる方々は自分でも本を探しに行かれますが……」


 ニルンはゆっくりと天井を見上げる。


「なにせ、本棚が動くうえに結構書架も広いので、あまりお勧めはしてませんねぇ。後ろの方はどうされますかぁ?」

「私は特に何かを探しに来たわけではない。あまり気にするな」

「そうですかぁ」


 温厚そうなニルンは手を揉みながらそう言うと、ムトはもう説明がいらないといった様子で翔とアーミアに向いた。


「とりあえず……ん〜、そっちのお嬢さんはわかりやすいですねぇ。ちょっと待っていてくださいね」


 ニルンはゆっくりと飛び上がると、本棚の群れの中に入っていった。


「すごいですね……空を飛ぶ魔法を使える人がこんなにいるなんて」

「そんなにすごいことだったりするってこと?」

「結構すごい魔法なんですよ。っていっても私もムトさんの受け売りですけど、鳥の獣人さん以外で空を飛ぶって普通にみんなが使えるような……そうでなくともある程度使える人がいる魔法だったら、ここにくるまでにこんなに馬車が通ってることは無いじゃないですか」

「うっ……正論」


 突然の正論に胸を貫かれながら、翔が蹲っている間にニルンが一冊の本を手に戻ってきた。


「これなんてどうですかぁ?」


 渡された本は、海鮮の素材を使ったレシピ本だった。


「え、すごい! なんでわかったんですか?」

「ここがそういうところだからですよぉ。で、そっちのお兄さんの方なんですけどぉ……ごめんなさい。今は何が欲しいのかわからないんですよねぇ」


 ニルンが頭を下げる。


「欲しい本が……わからない?」

「ええ、何かを欲していることは私にもわかるんですけどぉ……それ以上がわかんないんですよねぇ……」


 言葉を濁しながら、ニルンはゆっくりと首を傾げていた。


「こんなこと今までなかったんですけどねぇ。んんん……! やっぱり私じゃ無理だぁ。ちょっと待っていてくださいねぇ。別の人呼んでくるんで」

「あ、いや俺は別に欲しい本とかも無いからいいんですよ……あぁ、行っちゃった」


 翔の言葉を無視するようにニルンが飛び回る本棚の間に入っていく。


「お前の今求めているものは私も気になるな。記憶操作の魔法……に関する魔導書がこんなところにあるとは到底思えんが」

「今のこの状況を打破できるものだったら良いんだけどね」


 ムトの呟きに翔は返すが、そんなものですらあるとは到底思えなかった。

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