70 いざ入国

 アディル王国。獣人しか生存ができないという比較的総人口が少ない世界の中でも、人口が多く活気の良い街。

 翔がその王国の名を知ったのは、キーウィと門番との会話で漏れ聞こえてきた文言と、ムトの説明からだった。

 活気のある王国である理由は簡単で、街一つ分しか大きさがなく、人の住む地域が密集していることが主な要因だ。田畑などの農業区画や、王宮の区画などがあるが、それと人々が生活する区画とが明確に分かれていることが要因だった。

 そんな中でも王国の中に入った馬車たちがまず向かう、駐車場のようなところで馬車は止まる。そしてそこで翔たちは馬車から降りた。


「ちゅうわけで、予定日の昼頃にまたここで集合ってことでよろっしゃろか?」

「ああ、よろしく頼む」


 キーウィは別の仕事があるようで、そう言うと馬車を走らせて街中に消えていった。様々な見た目の獣人や巨獣族たちがひしめき合い、まるで渋谷の交差点かと言わんばかりの風景がそこに広がっていることに翔は驚きながら、カメラを回していた。

 四人はここで止まっていても仕方がないと、街中をゆっくりと歩き出す。すでに馬車の中でアーミアの作った昼食を食べ終えていたが故に、屋台などに気を取られることもなかった。


「大体どれくらいで図書館には着くんだ?」

「ん、確か……いや、俺もこの国には数回しかきたことがないからあんまり詳しくはわかんねぇんだが、そんなにここから距離はなかったはずだ」


 ラプタの適当な物言いを、しかしムトが否定しないことによって間違いではないということなのだろうと翔は判断した。


「にしても、すごい匂いだ」


 獣人化の魔法がかけられて以降、鼻が余計に効くようになった翔がそのマズルを抑える。


「この辺りは巨獣族が多いからな。俺も含めてだが、獣人とは違って長旅で体も洗えないとなると体臭がどうしてもキツくなっちまうから、こうやって香水で誤魔化してるのさ。俺も一本持ってるぜ。お前らんトコである程度は清潔にしてっから、最近は使うこともないが」


 そんなことを言いながらラプタはポケットから小瓶を取り出した。中には青みがかった透明の液体が揺れており、柔らかな花の香りがそこから漂ってきている。


「それ単体だと良いんだけど、こうも混ざるとクラクラしてくるね……」

「なら、途中でどこか休憩を挟むよりも目的の場所に行ってから休憩した方がいいかもしれませんね」

「へ? なんで?」


 アーミアの提案に翔は首を傾げる。


「図書館……というか、うちもそうなんですけど、香水の成分が紙に合わないんですよ。だから、そういうものを保管しているところに行く時は香水はつけないのがマナーなんです」


 アーミアの説明に翔が「なるほど」と唸ると、ムトが少し補足を加えてきた。


「とは言っても、香水をつけるような輩は旅行客か、あるいは商人が多い。まず図書館なんて向かわないからな。形骸化したルールでもある」

「そうなんだ。じゃあラプタが香水を持ってたとしてもあんまり怒られはしないんだね。よかったよかった」

「ま、取りだしゃ注意はされるから取り出しはせんが」


 街を行き交う人の群れの中を、四人はゆっくりと歩いていく。

 その中でも翔が予想外だったのは、いわゆる武器を持った人々の少なさだった。

 翔がイメージするようなファンタジー世界とは違い、動物と共存している彼らにとってモンスターである動物たちは討伐対象とはならないのだろう。

 逆に、正統派な地球にもいるであろう動物から、奇妙な見た目の動物まで様々な個体が人々と生活を共にしている様子が見て取れるようだった。


「ポケモンの世界みたいだ」

「ははは! 言い得て妙だな」


 翔のそんな一言にムトが笑っている横で、ラプタが大きな建物の前で歩みを止めた。


「そら、到着だ。グルニジ図書館。この国で一番大きくて、一番魔道書が揃ってる、歴史ある図書館だ」

「はぁ……でっかいなぁ」


 高さはそれほどでもないものの、その横幅と奥行きは一目見ただけでは翔にとって概算できないほど大きなものだった。


「ここから目的の本なんて探せるわけ?」

「ああ、それは気にしなくてもいいさ。なんならお前の欲しい本も、アーミアの欲しい本も見つかるかもしんねぇぜ?」


 ラプタが自身ありげに図書館の中に入っていく。


「私……何も求めてはないんですけど……」

「俺もかな」

「何、入ってみればわかるさ」


 困惑する二人の背中をムトが押して、ゆっくりと四人は図書館の中に入っていった。

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