5 帰ってきてと言われてももう遅い
翌日、翔は大型家電量販店にやってきていた。
目的はもちろん、配信機材を揃えるためだ。特にこだわりはなく、店員に教えを乞うて目に入ったものの購入券をポンポンと手に取っていく。
ブラック企業に見せたくなかったからか、残業代はある程度出ていた。それに加えて多忙で使えなかった給料も驚くほど残っていたおかげで、それらを購入できるだけの予算は確保できていた。
(これ、成功しなかったら結構大変だよな……まあでもアーミアの頼みだしなぁ)
翔はアーミアのことを昨日の一日で少し可愛いと思っていた。だからこそ、少し助けたかったのだ。
鬱も回復せず、判断能力が鈍った翔はそのまま予算のほぼ全てを注ぎ込んで店員に勧められた機材を買い込んでいた。
「お、翔じゃん」
「あ、大津先輩。お疲れ様です」
そんな機材を翔が駐車場でレンタカーに積み込んでいた時、見知った顔の男性が声をかけてきた。それは同じところで働いていた大津という名の先輩だった。
「どうしたんですか? 先輩」
「お前が辞めてから他の社員もブチギレてさ。今繁忙期なのに何勝手にクビにしてんだ! ってな。社長も社長で頑固だから、お前を引き戻すなんてことは考えてなくて。で、俺も退職してきましたってわけ。さっきまで弁護士先生に相談して、残ってた有休分を社長に払わせるための裁判の話し合いしてたところ」
「なるほど」
大津は相変わらず、何をするにしても判断が早い男だと翔は思った。翔が会社にいられたのも、そんな大津のことを尊敬しているからだった。
「次どこに勤めるつもりなんだ? 水無月は」
「あ、いえまだ決まってなくて……」
「そうかぁ。一応お前の分の未払いの残業代とか、消化してない有休分とか、そういうのも弁護士さん経由で向こうに払わせることもできると思うけど、せっかくだしやっとくか? 生活苦しいだろ」
「え、でも残業代とかって出してもらってましたけど……」
「馬鹿。あんな雀の涙、残業代って言わねぇんだよ」
翔に軽くチョップをかましながら大津は電話をかけ、すぐさまオーケーサインを出してきた。
「弁護士の先生もいいってさ。お前の電話番号も教えといたから、結果が出次第お前んとこにも連絡行くだろうよ」
「ありがとうございます」
「良いってことよ。それより仕事さがさねぇとな!」
ガラガラと笑いながら、大津はその場を去っていった。
翔はそんな大津の姿が見えなくなっても、ずっと大津に礼をし続けていた。
・・・
「というわけで、配信用の機材を買ってきてみました」
農園の建物の前で待っていたアーミアの前に、翔は配信用の機材をドンと積み上げた。
「こんなにあるんですね……。管理とか、大丈夫ですかね? カケルさんも他の仕事をしながらできるか不安ですし、私も農園のことをしないといけないですし……」
「大丈夫。準備さえできればあとは放って置くだけでいいから。それよりもアーミアはどこを見てもらいたいか俺が準備してる間に考えてくれないかな」
「わかりました! どこ……マルハスたち以外にもみんな来やすい場所がいいんですよね?」
「ああ、いろんな動物がよく来る場所がいいな」
「じゃあ水飲み場と餌やりができる場所があるので、そこにしましょう!」
アーミアに連れられて翔が赴いたのは、アーミアが寝泊まりしている建物のすぐ裏手だった。そこには質素ではあるが良いデザインが施された水飲み場と、レンガで囲まれた土の入っていない花壇のようなものが置かれている。
横には建物から伸びた屋根が影をさしており、何匹かのマルハスとガベルたちが昼寝をしていた。
「ここ、最近は使ってなかったんですけど、他にも従業員がいた時は動物たちが休む場所にしていたんですよ。水飲み場もこんな感じで」
アーミアがそう言いながら水飲み場に埋め込まれたあおい石を触ると、水がチョロチョロとそこから滲み出て溜まっていく。
「これを定期的にやりながら、そっちにご飯を置いてたんです。って言っても、農園で採れた穀物とお野菜を置いてただけなんですけどね」
「……うん。いける」
翔はアーミアの説明を聞きながらそう呟いた。そして時折休憩にマルハスやガベルを撫でながら、買い込んだ資材の箱を運び、一つ一つアーミアと一緒に開封していく。
「あ、電気どうしよ」
設置しながら翔はつぶやいた。コンセントは異世界への扉の向こうにある自室にしかないことを、その場で思い出したのだった。
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