4 農園の仕事って大変
結論から言えば、アーミアの言葉は嘘だった。
スローライフではないわけではない。牧歌的な空気感はあり、空の雲を眺めればゆっくりと流れていく。
動物たちはあくびをし、草木が揺れる音が翔の耳に心地よく響いてきた。
だが、それはそれ、これはこれ。そもそもの話、農園の仕事なんて体力勝負でしかない。それは確かに体力があれば大丈夫であるということだが、逆に言えば男性だから大丈夫なんて気軽に言えないほどに重労働だった。
「アホすぎる……」
草原の真ん中に倒れて、翔は一人つぶやく。周囲に集まってくるマルハスや見たことのないアヒルのような生き物たちが倒れている翔を囲んで昼寝を始めたが、翔にはそれらを退かす体力も残っていなかった。
「そんな程度でへこたれててどうするんですか!」
「いやいや、普通はこんなもんだよ。食生活終わって三十キロは太ったテレビマン崩れの鬱野郎が動けるのって……ふぅ」
空を見れば、東京では見ることができないような一面の青空。地平線に山もなく、ただ緑の平野が広がっているばかりだ。
「でも、はたら……お手伝いしてもらわないと、うちの農園潰れちゃうんですよ」
アーミアが悲しげな声色で言う。
「潰れるって? 農作物もあったし、収穫も魔法でできるから簡単です! とか言ってたじゃん」
「そうなんですけど、やっぱりそれでも人手と時間が足りなくて。それに、動物さんたちのお世話も大変なんですよね」
「そう? マルハスと……このアヒルみたいなの以外あんまり見かけないけど」
「それはうちで飼ってる子達だからですね。あとミルクボアっていう大きな子が何頭かいますよ。ってそんなことは置いておいて、うちはそれ以外にも“きた子はお世話する”って方針でやってるんです」
アーミアが言うには、農園には結界が張られているらしい。農園全体を包むように張られたそれは、農園に敵意を少しでも持った動物や魔物を通さないようになっているとのことだ。そして、それを通り抜けられる動物たちは欠けることなく全て平等に世話をするらしい。
「結界の維持費も、動物さんたちの餌代とか、あとはこの前直した仮住まいの屋根代とかも、稼がないといけなくて」
「ふぅん。でも俺、魔法とか使えないよ」
翔は手に力を込める。が、何も出ることはない。
「いいんです! せっかくのご縁ですから。ただ、他の世界から来られた方なら、私も思い付かないようなことを知ってるんじゃないかなって思って」
「知ってるって言われてもなぁ……。テレビ放送なんかここでしたって意味ないだろうし、企画を作るのも大変だしなぁ。うっ……思い出したらまた……」
翔が口元を抑えると、マルハスたちがまた逃げ出す。今度は昼食を摂ったが故に本当に吐瀉してしまう可能性があった。
「なんか、なんかありそうな気がするんだけどな」
翔は必死に頭を巡らせる。
「あ」
「何ですか?」
「一個だけ、思いついたことがある」
翔はポケットからスマホを取り出すと、電源を入れた。なぜか異世界でも繋がるのは、多分扉を経由して電波が通っているからだろう。
翔は動画サイトに飛ぶと、一つの配信をアーミアに見せた。
「何ですか? これ」
「定点カメラ配信。って言ってもわかんないか。二十四時間ずっと同じ場所をうつしてるんだよ」
それよりもスマホに戸惑っているアーミアの表情を見て、一度翔はスマホというものについて説明した。
「なるほどわかりました。で、それがどうやってお金に?」
「簡単さ。動物、赤子、グルメに人は食いつく。で、調べたところ今は特に異世界の動物に関して紹介している動画や配信はない」
どこ見てもモンスターだの何だのと敵視してる配信者ばかり。異世界の生物を動物だと認識して、それを可愛いと消費するコンテンツにするには、翔が見たかぎりどこの異世界も野蛮すぎた。
「ってことはこれを見てくれる人も結構くるはず。で、こういうのって広告つけられるんだよ」
翔がスマホを操作する。
配信画面にはお布施と呼ばれる投げ銭が時折飛び、配信画面の外に外部リンクを載せるように広告の帯が流れている。
「まあ、バズってある程度視聴者が来ないとこれも見込めないんだけど、ブルーオーシャンだから多分当たると思う」
翔の中のテレビマンの血が騒ぐ。これで成功すれば、あのクソ社長も俺を手放した事を後悔するに違いない。まぁ頼まれても戻らないけど。
「でも、その配信? をするための準備はどうするんですか? 何か魔法で手助けできるならしますけど……」
「大丈夫。俺に手がある。それはそれとして手伝って欲しいことはあるけど……」
翔はそう言うと、一度扉から自室に戻った。
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