76 余裕のある発見

「にしても、三日もかかるもんかね。本一冊とはいえ、絞り込むことくらいはできんだろ」


 ギュルも図書館の方に戻り、応接室の中には四人が残った。ラプタの言葉に対して、ムトは唸る。


「できる、かもしれない。が、できないかもしれない。記憶を書き換えるということは、常識すらも書き変わるということだ。書籍自体の記述が変わることはなくとも、それ自体を燃やされてしまえばそれは無かったことになる」

「じゃあ、見つからないってこともあり得ると……?」


 アーミアの純粋な疑問に対して、それも違うとムトは首を横に振る。


「見つからないことはないだろうな。ここはギュルが管理してる、アイツのフィールドだ。私でも一冊盗めば気付かれるほどに厳重なセキュリティをアレが突破できるとは考えにくい」

「じゃあ本自体はある……みたいな感じか」


 翔の言葉に対してムトは首を縦に振った。だが、その表情は肯定的と表現するよりも、ただそれが事実であるだけと言ったような意味を含んでいるようだった。


「何だ? あるなら良いじゃねぇか」

「ある、と言うだけだ。……何をされてるか、考えておかないと」


 ムトは天井を見上げながらそう呟くと、ふと息を吐いた。


「なんにせよ、しばらくは暇なんだよな」


 翔の言葉に対してムト以外の二人が頷く。


「私はパスだ。ここで少し調べたいことができた」

「じゃあカケルさん、私たちと一緒に行きましょうか」

「行くなら俺も同行するかな。お前らだけだとあまりにも非力に見える」


 全員がソファから立ち上がり、ムトを先頭にして応接室から出る。扉の向こうでは忙しなく職員が走り回っており、職員用通路の向こうに見える一般の利用客がなんだなんだとざわめいていた。

 その最中、ムトが走る職員の一人を呼び止めると、本を持ってくるように頼む。忙しなく動いていたはずの職員はしかしその願いにすぐさま飛び立ち、数冊の本を運んできた。


「よし、私はしばらくここにいるから、あとは勝手にしろ。ただし、見つかったらアーミアの方に連絡するから、すぐに帰ってこい」


 分厚いハードカバーの書籍を持ち、悠々と席に座ったムトはその本のページを捲り始めた。


「って言っても、手持ちも無いし散歩くらい? あと宿も探さないといけないか」

「ある程度は持ってきてますけど、そうですね……」


 アーミアが持っている袋を開く。中にはいくばくかのコインが入っていたが、この世界の貨幣価値を知らない翔でさえこの量で贅沢ができるとは思えない程度にしか入ってはいなかった。


「最悪キーウィにでも頼ればなんとかして……はくれないかもしれないけど、なんとかなるかもね」


 そんなことを言い合いながら、三人は街へと繰り出していった。


・・・


「見つけたァ!!!」


 空に浮かぶ本棚達の間では絶対に出せない大きさの声で職員の一人が叫んだ。その手には古い装丁の魔導書が握られている。綴じられた紙はやけてオレンジに変色しており、指先で撫でればそれだけでぼろぼろと何かが零れ落ちていきそうなほどだ。

 そんな本を丁重にその職員が掲げると、周囲で探していた職員たちもまた、それに合わせるように柔らかな拍手をする。


「あのねぇ、そんなことよりも先に館長に届ける方が先でしょぅ? それに、見つけたら通常業務に戻るようにって館長も言ってたじゃないですかぁ」


 そんな様子を眺めていたニルンが腰に手を当てて注意を促すと、彼ら彼女らは散り散りになりながら書架から飛び出していった。


「あの、これ……」

「オーグス、あなたが見つけてくれたんですねぇ」

「あ、いえ偶然あっただけって言いますか、いつも以上に感覚で探していたのでうまくみつけられたかどうかもわからなくて……ニルンさん、もしよかったらこれ見つけたのニルンさんってことにしてくれませんかね」


 誰もいなくなり、しんと静かになった書架で、オーグスと呼ばれた青年がニルンに本を差し出す。


「わかりましたぁ。じゃあ、何もなかったら私が見つけたってことで、何か発見があれば館長にはオーグスが見つけたってことにしておいてあげますねぇ」

「あ、ありがとうございます!」


 ニルンに深く礼をすると、オーグスは書架から飛び出していった。


「ニルン、あんまり後輩を甘やかすものではないですよ」

「館長。聞いてたんですねぇ」

「聞いていたもなにも、むしろ僕が居ることを知っていてああ言ったんでしょう? 自分の株を上げるために」

「えへへぇ。どうですかねぇ。それよりも、ムトさんでしたっけぇ? その人に持っていかなくていいんですか? これ」


 ニルンが本をギュルに渡すと、ギュルも思い出したかのようにそれを受け取って、二人は書架から出て行った。

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