77 無くなったページ
翔たちが宿泊する宿に連絡が届いたのは、図書館での出来事があってから一日が経過したころだった。
「……というわけでして」
テーブルの上に置かれた一冊のハードカバーの本は、分厚いながら翔にもわかるほどに豪奢な装丁がなされている。
「これがそうなのか。……あんまそういう風には見えんが」
ラプタが疑問符を浮かべながらギュルを見るが、ギュルもギュルであまり納得はしていない表情をしている。
「僕もニルンもよくわかってないんです。見つけてすぐにムト様とお連れの方々に連絡をさせていただいたので、中も開けていない状態ですし」
「いい判断だ。トラップの一つでも仕掛けられている可能性はおおいにある」
ムトのつぶやきにギュルは心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「で、仕掛けられてるのか?」
翔の問いかけにこたえるように、ムトはためらいなく本を開いた。薄いカビの香りが部屋中を包むように充満し、アーミアと翔が少しむせる。その中でムトは、一ページ一ページを真剣に、そしてゆっくりと開いていった。
「単なる魔導書だな」
覗き込んでいるラプタが呟く。翔も同時にのぞき込むが、そこに何が書かれているのかはさっぱりわからなかった。
「少し古いもの、というだけだな。あまり有益な情報が載っているとも書かれていないが……ここだ」
ムトの手が止まった。途中の、章が切り替わる部分だ。
「何も書かれてないけど」
「いや、違う」
翔の言葉を否定しながらムトはその継ぎ目をなぞった。
「ギュル、これをどう見る?」
「ん、そうですね。千切り取られてる、かもしれないです。丁寧でやたらに気持ち悪い」
覗き込みながら呟くようにギュルが言うが、翔にはそれが本当に千切り取られているようには見えなかった。むしろ、丁寧に製本されている、章と章の繋ぎの部分にしか見えないほどだ。
その考えを汲んだのか、あるいは偶然か、ムトはゆっくりとページとページの間を指で撫で始める。
「千切り取る、にしては違和感がないように見えるんだけど」
「ないようにしてるんだよ。誰の記憶をいじったかは知らんが、修復もさせてる……と思う」
「間違い無いですね。この留め具はこんな紙を使って製本される時代とは少しだけずれてます」
ギュルが呟きながら本を持ち上げ、背の留め具を指差した。緩やかにカーブしたそこは、しかし翔が見てもやはりわからないほどに本と同化している。
「で、元あったページはどうするんだよ。どうせこれ以外は読んでも意味なさそうなんだろ?」
ラプタの言葉にムトは首を縦に振った。
「読むことすら必要ない。こんな凡才が書いた本で複数にわたってアレが記されているとは思えんからな。どちらかといえば民間療法のような形でコラムとして載せていたものがクォーツの目に触れたか、あるいは都市伝説のようになって載っていたか」
なんにせよ、復元は少し難しそうだ、とムトは語った。
「まあ別に元々クォーツが悪いことをしていた……ってわけでも無いだろうし、俺とムトの記憶を書き換えたからって、ラプタたちの記憶を書き換えた奴もクォーツとは限らないわけだし、諦めるしかないかな」
「いや、絶対に諦めない。私はあの男に記憶を触れられたことが嫌で仕方ないんだ。どんなことになったとしても一撃殴らないと気が済まないが、多分今日本に戻ったとしてもアイツを見つけることはできないからな。せめて弱みだけでも握っておかねば」
その目は真剣ではあるが、逆に翔たちには必要のないものだ。
「俺は目的果たしたし、コイツらも復讐ってほどのノリでもねぇみたいだから、あとはお前だけでやったほうが良いんじゃねぇか?」
「もちろんそのつもりだ。最悪私は後から追いかけるから、お前らだけでキーウィの馬車に乗って帰ってもらうかもしれん」
ムトの言葉に翔が後頭部を軽く叩く。
「農園を守るって役割はどうするのさ。残ってる日はいいとして、チッチョとカルラにも負担かけるだろ」
翔の言葉にムトはむくれるが、しかし反論はしない。
「優先度は確かにそうだが、プライドがある。残り一日でなんとかしてやる。ギュル、手伝え」
「もちろん!」
ギリ、と嘴を鳴らしながらギュルの方をムトがにらむと、その威圧感をものともせずにギュルは頬を染めて嬉しそうに肯首した。
ニルンが頭を抱えているが、文句を言わない。それはニルンがこれ以上何を言っても無駄だと悟っている証拠だった。
「カケルさんは……図書館に残られるんですか?」
「ん、そのつもりだけど。アーミアはどこかに用事が?」
「少し買い出しに行こうかなと。昨日はカケルさんと街を散歩する方に真剣になり過ぎちゃいましたから」
「ははは……まさかあんな人が居るとは思わなかったからねぇ」
「俺は……どうすっかな。もうちょっと調べることもあるっちゃあるんだが、本読むのも疲れてきたしな。ちょっとぶらついてくるわ」
ラプタは手を振ると、一人で悠々と外に出ていった。
アーミアも翔に再三確認を取った上で、図書館から出ていく。残ったのは翔とムトだけになった。
「お前ちょっと邪魔だ。どっか行ってろ」
一人だからこそ、タイムリミットがあるからこそ、ムトが燃えたような瞳をしていた。
翔も邪魔をするつもりもなければ自分が手伝えるものだと思ってもいなかったため、一度その場を去って図書館の中を見て回ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます