19 行商人さん、お願い!
「あ、翔さん! ちょうどよかった!」
「ん、どなたさん? アーミア、新しい従業員でも雇ったん?」
翔が到着した頃、アーミアはすらっとした細身の狐獣人と話していた。アーミアのような獣耳ではなく、黄金の体毛とピンと立った耳、長いマズルに切れ長の目が特徴の、正真正銘の獣人だ。背丈は翔と同じ程度であり、しかししなやかな四肢がその体の素早さを象徴している気がした。
翔の第一印象は、男だろうと獣人は可愛く見えるというものだった。そもそもが動物であり、犬や猫の雌雄を区別して可愛がる人間がいないように、獣人に対しても翔は同じような感情を抱いていた。
「紹介します、この農園の新しい従業員にして……あー、カケルさんです」
アーミアは何かを一瞬考えたようにしながら、翔の名前を紹介した。
「ん、自分はキーウィ言います。よろしゅうたのんます」
キーウィと名乗った男は翔に手を差し出す。翔はそれを握り返した。
「っと、勘定が抜ける抜ける。えーっと、卵と、牛乳と、あと何やったかいな」
「もう! また誤魔化そうとしてませんか? お野菜ですよ!」
「おお、せやった。堪忍なぁ。最近物忘れがひどうてひどうて」
そんな冗談を言い、笑いながらキーウィはアーミアに金銭を支払った。
「何、これ」
「何って、行商人のキーウィさんにウチでとれたものを買ってもらってるんですよ。ついでに生活必需品とかを買ったりなんかしてるんです」
「ふぅん、なるほどね」
「へへ、今後ともご贔屓に」
「じゃあ早速ご贔屓にさせてもらいたいんですけど、キーウィさん、ちょっと欲しいものがありまして……」
「そないかしこまらんでもええよええよ。対等に話してくれんと堅苦しゅうてかなんわ。で、なんでっしゃろ」
両手でゴマを擦りながらキーウィは驚いたように翔を見る。アーミア以外がここで何かを買うなんて思っていなかったからだ。
「あー、ちょっと入り用で。キーウィの売り物にレンガとかってないかな」
「レンガ……は、流石に馬車ン中にもないやろなぁ。すんまへんね。あんな重いもん積んだら他にお商売できんくなるもんで。でもお代金さえ頂ければ今日中にでも持って来まっせ」
商売の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。キーウィの口角がゆっくりと上がっていく。
「一番安いものでどれくらいになる? あんまり手持ちがないんだが……」
嘘だ。翔はこの世界の金銭を全く持っていない。だが、翔の経験上それを言ってしまえばここで商談が終わってしまうことは確実だと悟っていた。
「ん〜、どれくらいのサイズ感を欲されとるんかあんまりわかっとらんのやけども……」
「大体縦五十センチ、横二メートル、高さ三十センチほどの花壇みたいなのを作る予定なんだけど……」
「ほんなら大体レンガ百個くらい、あとモルタルは……多少多めの方がええやろね。大体輸送費も合わせたら五万ピッチってとこやろか」
「……アーミア、五万ピッチってどれくらいだ?」
翔はキーウィに聞こえないようにアーミアに耳打ちをする。
「大体十日間くらい王国でしっかり働いてもらえるくらいですね……」
「なるほど。で、買えそう?」
「残念ながらうちの貯金は全くないので……」
「だろうなぁ」
翔はガックリと肩を落とした。
「定点カメラ用の場所はできればレンガで作りたいんだよなぁ」
プラスチックの容器や、そういった柄のタイルを貼ることもできる。
だが、異世界という良い素材を活かす。だからこそ、マルハスたちの生き生きとした画が撮れる。この指標だけは絶対なんとしてでも守っていきたいと翔は考えていた。
「キーウィ、なんとかツケにしてくれたり……?」
「ははは! アホなこと言うなぁ! 馬もワシもタダやないんやから、流石にそれは肝座りまくっとるにも程があるわ」
キーウィは笑っているが、目が笑っていない。舐めた口を聞いた顧客に対して少し苛立ちを見せている。翔もそれがわからないほど鈍感ではない。が、だからと言って食い下がるほどバカでもなかった。
「キーウィ、じゃあ条件がある」
「条件て、それはこっちが出すもんでっしゃろ……?」
「そうなのはわかってる。でも、こっちとしても急ぎで必要なんだ。だから……お願いします」
翔は地面に膝をついた。服が汚れようと構わず、キーウィの前に跪く。その光景にバツが悪そうな顔をしたキーウィが翔の肩を叩いた。
「あーあー! わかった! 条件だけでも聞いたろうやないか! ただし、聞くだけやからな。こっちも商売人や。アンタらもいっぱしの売り手なんやからわかっとると思うけど、それ相応の対価が出るような条件で頼むで。それに、タダやなくてツケや。ここの農園にはぎょーさん世話になっとるとはいえ、これだけは譲らん」
キーウィの言うことはもっともだ。条件を飲んでも、ツケで売るということ。つまりそれはタダで売り物を持って逃げられる可能性もあるということ。
今回の場合は大量のレンガとモルタルであるが故に、キーウィもそこまで気にしていない。だが、それでもこれを許してしまっては後からずるずると他にもツケにさせられてしまう可能性すらある。
だからこそ、キーウィはあまりにも寛大な判断を下してくれた。翔はその優しさを無碍にしないよう、慎重に言葉を選んで自分の条件を考える。
そしてしばらくすると、何かを手伝うにも異世界で何の強みもない翔が、唯一持っているもの。それを翔は提示した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます