18 壊されたからには直すしかない

「おはようございます。カケルさん」

「ん、おはよ」


 あれから何事もなかったかのように翔は自室に戻り、布団の中に潜り込んだ。だが、眠れるわけもなく次の朝を迎えてしまっていた。

 泣いたことで体力を消費し、スッキリとした顔で挨拶をするアーミアとは対照的だ。

 そんなアーミアは吹っ切れたのか、猫耳と尻尾を隠さなくなっていた。アーミアにとって、完全な人間であるよりも魔力の消費が抑えられることも利点だった。


「お前、ウブだな〜……」


 そんな目の下にクマをつけた翔を、ムトは引いたように見る。フクロウの状態であっても、その表情は


「うるさいなぁ」

「ハハハ! 悪態をつく元気があるならなんとかなるだろうな。アーミア、すまんが今日はしばらくこの男を借りるぞ。仕事も覚えさせないといけないだろうが、それよりもやることがあるんだからな」

「ん、良いですけどまた変なこと教えないでくださいよ!」

「馬鹿、定点カメラで配信をするんだろう? そのための準備だ。壊れた餌場程度、魔法でも直せるがそれだと味気もないだろうからな」

「それもそうですね。じゃあちょっと助けて欲しい時は言いますね!」


 アーミアは納得すると、そのまま牛舎の方に走って行った。

 翔とムトは餌場に向かい、崩れたレンガを片付け始めた。とは言っても働いているのは翔ばかりであり、ムトはその場でウロウロと翔の様子を眺めながら「遅い!」などとヤジを飛ばすだけだった。

 周囲ではマルハス達が不思議そうにその光景を眺めていたが、翔の「危ないから近づくなよ」という言葉にしたがって近づくことはなかった。

 しばらくすると翔の作業も終わった。餌場と水飲み場の残骸が、餌場だった場所の脇に高く積まれている。


「こうやってみるとだいぶ壊されてんなぁ」


 高く積み上げられた瓦礫に動物たちが興味を示すたびに翔は「ダメだよ〜」と優しく追い払いながら、その山を見つめた。元々古かったとはいえ、頑丈なはずのそれらを簡単に壊してしまう力のある何者かの存在に翔は少しだけ寒気を感じていた。


「そうだな。だが、魔石は奪われていない。壊されたものなんて直せばいいだけだ」


 ムトはその山の中に器用に嘴を突っ込むと、中から青く透明な石を取り出した。それは水飲み場に設置されていたものだ。


「それにしてもさ、ムト」

「なんだ」


 休憩とばかりに近くの土の上に座り、マルハスを膝の上にのせて翔は撫でている。そんな翔の問いかけに反応しながら、ムトは魔石を餌場の横に丁寧に置いた。


「なんだってお前、何か話があるんだろ。だからこんなめんどくさいやり方でアーミアから離れせた。昨日何か話しそびれたことでもあったか?」

「ふん、そうではない。お前の会社の残業代未払いの件だ。せっかくだから伝えてやろうと思ってな」

「……マジかよ。何か進展があったとか?」

「お前……そういう知識は調べておけよ。って言うのも凡人には酷か」


 バカにしたような笑いを浮かべるムトに翔は少しムッとした表情になり、マルハスを撫でていた手をムトに向けた。


「あぁ! そうだな本題だ本題! 裁判の話だ。こっちで勝手にやっておくものではあるが、基本的にこういう裁判は三ヶ月ほどかかるものでな。お前、生活費とかは大丈夫か?」

「なんだ、そういうことか。それなら大丈夫。食事はアーミアがここで一緒に食べていいって言ってくれてるし、俺、マジで金かかる趣味全くないんだよ。だから貯蓄もバッチリ。最悪バイトでも始めるさ。というか、心配してくれたのか?」


 翔は手でオーケーサインをムトに出しながら、ニヤニヤとムトの方を眺める。


「そんなわけがないだろう。依頼人に破産されたら困るだけだ」

「あ、そ。で、話は変わるけどこっからどうするんだよ。俺流石にここまではやったことないぞ」


 元々、レンガを組み上げて箱にしただけのものではあった。だが、それはどのようにして接着されているのか翔には見当もつかない。モルタルを使うのか、コンクリートを使うのか、それをどこから調達してくるのか、その常識が翔にはなかった。


「必要なのはモルタルとレンガだな。どこからから調達してこい」

「どこかっつったって、どこから調達してくるんだよ。俺ペーパーだからホームセンターとか行けないぞ」

「何を言ってるんだ。行商人から買うんだよ」


 同じタイミングで、遠くから誰かがやってくる音が聞こえてくる。


「噂をすれば、だ。お前もここの従業員なんだから挨拶くらいはしてきたらどうだ?」


 ムトに言われるがまま、翔は立ち上がって音の方に走っていった。

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