7 配信日和
「ふん。なんで私がこんなことを」
ムトがぶつくさと呟きながら、足で掴んだ魔石に魔法を注入していた。便利なもので、アレにコンセントを触れさせておけば自動でアンペアまで調節されて電気が送られるらしい。
翔がアーミアに聞けば、これは電気をエネルギーとして使おうという時代はあったらしいが、魔力でいいという結論に至って使われなくなったガラクタという事だった。
その間に俺はカメラの準備を行い、アーミアは餌入れに穀物をふんだんに入れていた。今日はもう時間も遅くガベルがそれらを少しつまむだけだったが、明日になればこれを求めて小鳥や近くに住む小動物たちがここに集まってくるそうだ。
「よし、カメラ準備OK。一応チャットも見れるようにはしたけど、初日から誰も見にくることはないだろうから、こっちの説明は後でいいや」
翔はそう言いながら、カメラの動かし方や画角の調節、顔を見せたくない場合はどこまでに立つかなどをアーミアに説明していった。
「じゃあ定点カメラつけるから、アーミアは下がってて。ムトは……どっちでもいいか」
「どっちでもいいとはなんだ!」
さきほどの翔のモフりがよほど体に聞いたのだろうか、ムトはカメラの画角のちょうど端で横になって休憩していた。
翔にとっては視聴者に与えるインパクトとしてちょうど良かったが、ムト自身も動く気はないようだ。
「じゃ、スイッチオン!」
配信タイトルは「【初見歓迎】異世界の農園で動物たちを定点観測してみた件【定点カメラ配信】」だ。
横で回しているパソコンもうまく動いているようで、スマホで覗いてみてもちゃんと配信されている。
「カケルさん! すごい、もう一人見に来てますよ!」
「何!?」
「それは俺だよ。そんなすぐに人は来ないから。それよりも、まだまだ色々と考えないといけない事だらけだな」
「ムトさんの知恵も借りながら、頑張っていきましょう!」
「私は何もせんぞ。だが、知恵くらいは貸してやる」
だらりと伸びた翼をぐいと持ち上げながら、力無くムトは言った。
「と、そろそろ俺帰ります!」
「晩御飯はいいんですか?」
「すみません。今日はちょっとやらないといけないことがあるんで!」
「わかりました! じゃあ明日からまた農園のお手伝いお願いしますね!」
「うっ……わ、わかった!」
翔はそう言うと、扉から自室に戻った。
なぜ待ちに待った配信を切り上げてまで自室に戻ったのか。それは弁護士との面会があるからだった。
大津からの口添えでほとんどの処理は済んでいるものの、それでも翔自身の口から意思表示をし、その上で契約書を作成しなければならないという事だった。
「服はまぁ……これでいいか!」
翔は「遅刻する!」と叫びながら部屋に雑多に置かれていたシャツとパンツに着替え、カバンを手に取って家から飛び出した。
電車に乗りながら、翔は配信を見た。同時接続者数は3と表示されており、翔以外にも二人この配信を見ているようだ。
「よしよし、伸びてくれよ……」
改めて翔が調べてみても、こんなに平和な異世界のことを配信しているアカウントはなく、それどころか異世界=魔物が蔓延るファンタジーに近い世界だという認識が強いこともあってか異世界があそこまで牧歌的だと言われていることすら見つけられなかった。
「マジであんな世界があるとか知らなかったけど、もしかすると海外にはもうあったりするのかな。ジャンルがわからんから調べようがないんだよなぁ」
翔はそう言いながら、電話帳を無意識に開いていた。
それは元同僚たちに意見を仰ぐためではあったのだが、その無意識の行動で翔はトラウマを思い出し、電車の中であるにもかかわらず嘔吐してしまった。
平日の日中ということもあり乗客は少なく、またそれに対して暴言を吐かずに周囲の乗客は翔に対応してくれた。病気ではないことを説明すると、翔の背中をさする者まで現れ始めるほどだった。
目的の駅ではなかったが次の駅で翔は降り、駅員に病気ではないことと事情を説明する。幸いにも吐瀉した量は少なく、床を掃除するだけに収まっていた。翔の衣服にもそれらが飛び散ることはなく、ただ多量に汗をかいてしまっただけに終わっていたのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
「というわけで、少し遅れます……」
「気にしないで大丈夫です。私も少し遅れそうでしたし、依頼人を待たせる、なんて弁護士失格な行動をせずにこちらこそ助かりました」
電話口から聞こえるその言葉に、向こうから見えないにも関わらず翔は何度も礼をし、急いで次の電車に乗り込むのだった。
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