22 恨みつらみは逆恨み

「いやぁ! えらい恥ずかしいモン見せてしもた気がするわ!」


 あれから翔のモフりを受け続けたキーウィは、全身に無理な力が入らなくなってしまったからか筋肉の固まっていた部分がほぐれ、マッサージと同じようなリラックス効果も受けていた。

 翔としては嬉しい誤算であったが、ここまで元気になられてしまうと最初に騙したことに少しだけ申し訳なさが混ざってしまうような気が翔の中に燻る。


「ちょっと長居しすぎたわ。日もそろそろ暮れるかもしれんから、レンガは明日でもかまんか? さっきも言ったけどワシあと二件回らなならんねや」

「いいよ。むしろ今日中なんて無理なお願いするつもりはなかったしね」

「そう言ってもらえるとこっちも助かるわ。ほな、ワシそろそろ行くでな」

「また是非マッサージして欲しくなったら来て下さいね!」

「そうさせてもらうわな」


 手を振りながら、翔とアーミアは出立するキーウィを見送った。翔のポケットの中にはいくばくかの金銭が入っている。それはあまりに満足したキーウィが、対価として支払っていったものだった。


「それにしても、獣人状態だとあんなに効果があるんですね……」

「ん? それはどういう?」


 翔がアーミアの方を見ると、アーミアの姿が人間のそれから猫の獣人に変わっていた。真っ白な毛並みの猫であり、真っ赤な髪の毛が映える。


「いやいやいや! 女の子にはやらないよ!?」

「なんでですか! これまでもやってくれたじゃないですか!」


 アーミアが翔に詰め寄るが、それとこれとは話が別だと言わんばかりに翔はその場で逃げ回っていた。


「なんでもいいが、レンガは準備できたのか?」


 そんな翔の後ろから、ムトが面倒くさそうに話しかけてくる。翔はムトに対して今まで起こったことを話した。


「そうか、色々終わったなら私は帰る」


 ムトはそう言うとどこかに飛び去っていった。


「自由だなぁ。まあ弁護士の方の仕事もあるんだろうが」

「はぁ……じゃあまた今度にしましょうかね。あ、カケルさん、私も仕事はあらかた終わらせたので、今日はもう休んでもらって構わないですよ」

「あ、そうなの。手伝えなくてごめん」

「いえいえ! 慣れてますから」

「じゃあ、ちょっとだけやっておきたいことがあるからそれだけやっとこうかな」


 アーミアはまだ少しやっておきたいことがあると言ってその場を去っていき、翔は一度一人で定点カメラを置いているあたりに向かった。

 ムトが片付けたのか、そこに乱雑に積まれていたレンガの残骸はカメラを置いた時の視界に入らない場所まで移動されていた。

 翔は置かれているパソコンの前に座り、電源を入れる。必要ないにも関わらずムトは定期的に電気を供給しているようで、パソコンも難なく起動した。

 そのまま動画配信サイトにアクセスする。そこでは翔のチャンネルに対して、トラブルで配信が止まったことに関して、コメント欄で心配の声が多数寄せられていた。


「SNS運用とか全くできないから、こういう時何すりゃいいかわかんないんだよな……」


 過去に翔は会社でSNSの運用を行なっていたことはある。番組制作においてその方面へのリーチは欠かせないからだ。だが、結果は平凡。

 個人のアカウントでさえ、仕事が忙しくてほとんど更新できていなかった男がリテラシーもなくできるモノではない。


「うっ……」


 その時のこと、そして社長に怒られたことを思い出して、翔の胃袋が少し痙攣を起こす。だが今は別だ。見てくれている人に心配をかけないようにするための声明。それは出しておかなければならない。

 チャンネルのコメント欄の一番上、管理者権限で一番目立つ場所に、翔は文言を書き残した。


『トラブルが発生しましたが、現在復旧に向けて動いております。ご迷惑をおかけして申し訳ありません』


 エンターキーを押すと、その言葉はネットの海に放流された。


user:気にせんから毎秒投稿よろしく

user:コンテンツの初期ってそんなもん。異世界でここまで平和な場所を構築できてるだけで神だから、気にしないで

user:犬の写真だけでも上げてくれ。あれでしか摂取できない栄養がある


 ポップした翔のコメントに、即座に何件もの返信がつく。それらは翔を励ますモノであり、温かみのある言葉だった。

 じわ、と翔の目に涙が浮かんでくる。


「早く復帰した方がいいよな、これ」


 そんなことを呟いて、翔はパソコンの電源を落とした。


・・・


「チッ……。ぶっ壊せっつったよなぁ!」


 深夜の暗い部屋の中、怒号が響き渡る。


「アンタが言った通りぶっ壊してただろう! なんの文句があんだい! アァ?」

「知るか! お前らが飯食わせてくれたお礼になんかさせてくれっつったからお前らにしかできない仕事よこしたんだろうが! クソ! クソクソクソ!」


 男は怒りに任せて机を蹴り飛ばし続ける。


「そうだ。あそこの後ろ、家だったよな。お前ら、次はアレ壊してこい」

「はぁ!? 昨日の今日で行けるわけないだろう! 罠張られてるか、あるいは用心棒でも雇ってて俺ら殺されるのがオチだよ」

「知るか。さっさと行け」

「……」


 男の方を睨みながら、しかし指示された人物は反論しない。


「……いくよ!」


 そしてそのまま、後ろに立っていた二人と一緒にフードを目深に被り、部屋から出ていった。


「翔、お前、居なくなったと思ったらそんな良い暮らししやがってよ……裁判なんかさせねぇし、お前は一生俺の駒としてゴミみたいな作品を量産しといてくれよ。なぁ?」


 男はパソコンに表示された画面を見る。そこには餌場に餌を入れる翔の姿が映った、今ではカットされている配信のスクリーンショットが写っていた。

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