23 どこに行ったんですか
「カケルさん、今日はどうしますか?」
異世界への扉からアーミアが顔だけを出し、翔に問いかけてきた。窓の外はすでに青黒い。
「ん、あぁ……じゃあせっかくだしそっちで食べようかな。ムトが罠の魔法を張ったって言ってたけど、それでも何かあったら困るしね」
「じゃあちょっと欲しいものがあって……」
恥ずかしそうな表情を浮かべながら、アーミアはメモを差し出してくる。そこにはいくつかの種類の海鮮が列挙されていた。
「了解。じゃあ買い物行ったらそっち行くよ」
「待ってまーす!」
鼻歌を奏でながら、アーミアは扉の向こうに消えていった。
「じゃ、買い物行くかな。買いだめしてる食材ももうアーミアにあげちゃっていいか」
翔は家にある食材のストックを眺め、アーミアに頼まれたモノ以外に必要なものを確認して家を出た。
午後のスーパーは仕事帰りのサラリーマンが多くたむろしており、食材がある雰囲気ではなかった。が、運よく魚売り場はあまり手をつけられていない。
翔は手元のメモを見て、全て買い揃えられそうだと確信した。
「あれ、水無月じゃん」
スーパーで魚の切り身を物色していると、翔の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。翔が振り返ると、そこには目の下のクマも取れて健康的な表情の大津の姿があった。
会社の先輩にして、翔が退職した時にメッセージをくれた男だ。
「大津さんじゃないですか! こんなとこで珍しいですね!」
「実家がこの辺なんだよ。俺も会社辞めて一人暮らしもやめて、一旦お袋の面倒を見てる最中でさ。てかお前あんまり連絡よこしてこなかったけどちゃんと生きてられたんだな!」
「まさか〜。あれから数日ですよ? そんな短期間で死ぬわけないじゃないですか。それに、働き口も見つけましたしね」
アレを働き口と言って良いものかと翔は少し口に出した後で反省したが、給料はなくとも働いている以上そう表現しても構わないだろうと判断して訂正することはなかった。
「にしてもお前、冗談抜きで大変らしいな。大丈夫か?」
「ん〜、まあなんとかやってます。大津さんこそ、次の仕事とか決まりましたか?」
「まだまだ。映像制作系の会社だったりに片っ端から営業かけてるけど、やっぱ社長の悪評のせいで全然。お前のところで働かせてもらおうかな、なんてね」
ゲラゲラと笑いながら、翔と大津は二人して魚売り場の前でひとときの開放感を分かち合った。それは大津が思っている以上に翔が自分は逃げ出すことができたのだ、あの日々の延長線上に過ごしているわけではないのだということを実感するモノだった。
「そういやさ」
「なんですか?」
「社長、お前んとこきてないよな?」
「社長……? 来てませんけど」
「だよな」
暴力とハラスメントの塊のような社長だ。そんなやつが翔の前に現れていたらこんなにも健康では居られないことくらい大津もわかっていた。だからこそ、軽くの確認程度だった。
「社長がどうかしたんですか?」
「いや、弁護士先生に呼ばれて事務所に行ったっきり帰ってこねぇんだよ。社長の奥さんも娘さんも今社長のこと探し中で」
「ヤバいじゃないですかそれ」
「そうなんだよなぁ。未払いの残業代とか、払いたくないのかねぇ。ま、警察沙汰になりそうなことも平気でしてくるだろうから、気をつけろよ」
大津のその言葉を翔は否定できない。あの男はそんなことをしない奴だと断定はできないからだ。
「気にしておきます。って言っても社長のことですし、なんか逃げ回ってるだけだと思いますけどね」
「だと良いんだがな。っと、車に嫁さん待たせてるんだ。じゃな!」
適当に色々とカゴに突っ込んだ大津は、そのままレジの方にかけて行った。
「にしても、社長が失踪中か。ムトは知ってんのかねぇ」
翔は首を捻りながら、買い物メモにあったものをカゴに入れていった。
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