52 短編の序:初めての外

 また、朝が来た。

 チッチョとラプタをアーミアの家に送った後、翔は久々に自室で眠ることにした。夕食の時にアーミアが布団を干してくれたと言っていたことを思い出して、久々に自分の布団で眠りたくなったのだ。

 そんなわけで、マルハスも居ない比較的静かな朝になる……はずだったのだが。


「雑魚お兄ちゃん、起きるのおっそ〜!」

「……なんでチッチョがうちに」

「えぇ〜? だってぇ、そこ、開いちゃってるし……」


 顔をあからめて挑発的に言うが、チッチョが指差す先は異世界への扉だ。


「あぁ、そうか。別に出入りは自由にできるのか。で、何?」

「何じゃない〜! アーミアが起こしに行ってこいって命令してくるんだよ〜? ムカつかない?」


 理不尽な怒りをチッチョは翔の転がっている布団に叩きつける。流石に身体強化の魔法をかけていないおかげか、その体躯に見合っただけの衝撃しか伝わってこないが、それでも寝起きの翔には十分の攻撃だった。


「わかった、行く。行くからちょっと待ってて……」

「オッケー! じゃ、僕は伝えたからね!」


 駆け足で農園の方に戻っていくチッチョを眺めながら、翔は寝床から起き上がった。

 そのまま身支度を整えて、異世界の扉を潜る。晴天とは言えずとも、空は三割ほど青空が見えており、晴れと表現しても間違いではないような天気だった。


「随分と遅いお目覚めだねぇ。重役出勤ってやつかい?」

「あはは……寝坊しないように次からは気をつけます……」


 カルラの嫌味を受け止めながら、翔は家の中に入っていく。アーミアはすでに朝食を作り終えていたのか、テーブルの上には一人分の朝食と書き置きが残されていた。


『おそようございます、カケルさん。朝食は適当に食べちゃってください。私は農園のどこかにはいると思うので、何か用事があったら探してください』


 未だ少しスープに湯気が立っているあたり、あまり時間は経っていないのだろう。そんなことを思いながら翔は置かれていた朝食を食べるのだった。


・・・


「えぇ〜、今は雑魚お兄ちゃんの手伝いはいらないかな。僕だけで十分できるかも」

「ん、まだちょっと時間がかかりそうだ。すまんがもう少ししてから来てくれ」

「私の手伝いなんかいらないから、他の奴の手伝いをしてきてやんな」

「すみません! 今はちょっと大丈夫なんで、また後ででも構わないですかね?」


「……で、自分トコに来っちゅうわけですかい」


 マルハスを抱きながら、全員に必要ないと言われた翔はちょうど近くを訪れていたキーウィの元に訪れていた。

 ついこの前農園に来たばかりであるが、人数が増えたことによって必要なものを揃えたいというアーミアが呼んだものだった。


「そうなんだよねぇ……俺だけができることも昨日の晩に終わらせちゃったし、でもみんなが何かしてる横で暇ってのも案外しんどくてさ」


 元来、社畜生活が身に染み付いている翔である。そんな彼にとって“暇”という概念に身を置くことは自責を深めることに他ならない。


「はぁ、って言っても自分もこれから色々と……あ」

「何?」

「そういえば、まだ自分、アンタの借金返してもろてないわけやん? なら、しばらく仕事手伝ってもらえんかな」

「あ、それいいね。ちょっとアーミアに聞いてくる。何日くらい手伝えばいい?」

「んなもんわからん……って言いたいところやけど、運がいいな。今回は二日って確定しとる」

「わかった。ちょっと待ってて」


 洗濯をしていたアーミアに翔が確認をとりに行くと、アーミアは躊躇いなく許可を出した。


「返さなければならないものなら、すぐに返した方がいいですしね。あの人、長引かせると何するかわかりませんから」

「あはは……怖いねそれ」


 笑いながら言うアーミアの言葉に冷や汗をかきながら、翔はキーウィの元に戻った。

 手伝えることを翔が伝えると、キーウィはやけに喜んだ。


「いやぁ、助かりますわ。ちょうど重い荷物ばっかりでね、人手が自分以外にも欲しかったんです」

「あはは、お手柔らかに頼むよ……」


 翔はそんなことを言いながらキーウィの馬車に乗り込むと、他の動物たちやアーミアたちに見送られて、初めて農園を出ることとなった。

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