84 助ける魔法
翔の声に真っ先に飛び込んできたのは、ワンドだった。
ワンドは何が起こっても良いようにと、少しの希望だけを持って部屋の前のベンチで休息を取る。その職員としての最期の最期の覚悟のおかげで、翔の呼びかけにいち早く反応することができた。
「どうされましたか!?」
「あ、えっと」
本に記された名前、ルーブルの意識がなくなったこと、ムトを呼んできてほしいという希望。
すべてがないまぜになり、どれから話せば良いか翔の中での優先順位が定まらない。
ワンドは翔に駆け寄ると、肩を強く掴んだ。
「助けられるんですか!」
翔は首を縦に振ると、止まりかけていた息を吐き出すように一息に叫んだ。
「ムトを連れてきてください! 女のフクロウの獣人で、えー、あ、今は館長と一緒にこの図書館の中に居るはずで……」
「……ッ!? わかりました!」
幾度となくその本を読んだからこそ、ワンドはその意図をすぐさま理解して駆け出した。
しばらくして、拡声器で増大させたような声が翔の居る部屋とは少し離れた場所から響いてくる。その声は、館長に宛てたものと、そしてムトという女性をカケルが探しているということだった。
・・・
「で、私にこんなチンケな人助けをさせるために呼んだってわけかい」
「チンケって。人の命がかかってるんだぞ?」
「人ひとりくらい毎日死んでる。お前はこの世界の生物を不老不死か何かと勘違いしているのか? 私でさえ、老いには逆らえん」
深くため息を付きながら、呆れるようにムトが言い放った。
「しっかしよ、こんなもんもここにはあるんだな。アンタの著書だとよ」
ラプタがワンドの持っていた本を見ながら言う。
「己が隠したい魔法以外は広めてこそ魔法使いだ。探せばごまんと出てくるさ。とはいっても、そこの女が理解しているとは到底思えないが」
ワンドの方を向いてムトが言い放つと、恥ずかしそうにワンドは頭をかいた。
「昔から魔法は感覚派だったんで……」
「そうか。……そうか」
ムトはその言葉になにか引っかかったのか、顎に手をおいてじっと何かを考え始めた。
「ムト……?」
「いや、ちょっと時間をくれ。あ、そこのは今やっといた」
さらりと言い放つムトの言葉にワンドと翔、そしてその後駆けつけた数名の職員が振り返ると、確かに呼吸が止まっていたルーブルの胸が、ゆっくりと上下していた。
「マジかよ……」
誰かがそんな言葉を発した。それはその場に居る皆が思っていたことだった。
「はっ。死者蘇生なんてアーロのジジイが研究してた魔法の一端だけをかっさらっただけの魔法が感謝されるとはな」
ムトがそう言うので、翔は不意にムトの背中をさすった。その瞬間、ムトの膝が砕けるようにその場に崩れ落ちる。
「お前、助けてやったのに何をするんだ」
「あ、いや、ごめん……。なんとなくこうしないと話が進まないかと思って」
翔が周囲を見れば、さっきの魔法について詳しく聞きたいと言わんばかりの表情でムトを見るワンドと職員の姿があった。
ムトは「時間がないって言ってるんが……まあ良いか。思考を整理したいと思っていたところだ。無駄話に付き合えないバカは帰れよ」と言いながら職員にルーブルにかけた魔法について話し始めた。
・・・
ムトが唱えた魔法は、空気中の魔力を体の中に注ぎ込み、一時的に過去この世界にいた人間のような存在に作り変える魔法だった。
魔法、と言いつつも、それはどちらかと言えば応急処置に近いものらしい。血中に治癒魔法を直接流し込むよりもさらに強力で、毒にも薬にもなりえるもの。その存在が人口に膾炙するほどのモンスターとの共存社会において、その存在を危機にさらすような魔法である。
だが、だからこそその体は急激に回復していくのだ。
「まあ、それと同時に痛みを抑える魔法も唱えておかなければならんがな」
ワンドも職員も、手元にメモを持ってムトの魔法講義を聞き続けている。
「最期に、お前らにもこの魔法は使うことができる。その本は……私の昔の著書だから理解ができる者向けに書いているが、この魔法だけなら素人でも使えるはずだ」
ムトはそう言うと、魔法の使い方を職員たちに見せた。翔にはわからなかったが、職員は全員がその簡単さに驚いていた。
「なんで、今までこんな魔法が知られてなかったんでしょうか……」
「んなもん、モンスターに襲われるからじゃねぇの?」
ワンドの疑問に別の職員が言う。
「でも、それだったら今回みたいな対処方法がいくらでもあったはずです。人間の方が居た時代なら、その本質が人間に作り変えられるなんて今よりも全然デメリットとして低い。もっと方法もあったはず」
「ははは! その程度のデメリットで人が一人意識を取り戻せるはずがないだろう? その魔法は完全に理解していない状態で使えば五日は意識を失う。私と同じレベルに立てるなら話は別だがな」
ムトがさらりと言う。
「五日、ですか」
「ああ。私と同じくらいこの魔法を理解していないヤツが使えば、五回日が昇るまではソイツは使い物にならなくなる。だから使い時は考えな。人材不足の中で人間化した患者を守れるならそれでもいいが。……それにしても、その本も私が勝手に盗み取ったジジイどもの研究を……記しただけ…………」
ムトが改めて何かを考えはじめ、ふと顔を上げて扉の方へと走り出した。
「カケル! 私はすこしやることができた! お前もすぐ来い!」
「えっ!?」
ムトは翔の襟首を掴むと、部屋から飛び出した。
遠くからはワンドの感謝の声が小さくなりながらも聞こえてきていた。
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