85 賢人の上に立つ賢梟
テーブルの上に置かれていたのは、ページが破られた本だった。破られたページが開かれており、それ自体が重要な証拠であると言わんばかりである。
それを取り囲むようにして、翔、アーミア、ムト、ラプタ、ギュル、そして複数名の司書たちが並んでいた。
「これがどうかしたのか?」
翔の言葉に、集まった全員がムトの方を見た。現在、館長命令でこの本一冊に関する資料を全て漁っている最中であるのだから、当然と言えば当然であった。
「いや、これが問題なわけじゃない」
ムトは開かれていた本を閉じる。ハードカバーの表紙には、難解なタイトルが記されていた。
その下には、先ほどワンドが持っていたそれと同じように著者名が書かれている。
「ワークス・アルデバラン?」
アーミアがその名前を読み上げると、ムトが頷いた。
「ワークス様と言えば、昔はどこかの王国で宮廷魔法使いを取りまとめるリーダーのようなことをされている方……でしょうか」
「なんだ、お前も知ってるのか。あのバカ弟子を」
ギュルの言葉に、ムトが返す。
「あ、ワークス様は私の兄弟子なのですね……ほほほ」
「お前、本当にあの時代の魔法使いは私しか認識していないのか……? 完全に記憶するんじゃなかったのか。まあいい。こいつは私の……何番目かの弟子だ。とはいってもそこの変態の何分の一か程度しか心意気はなかったはずだが、一つだけ教えたことがある」
「私には何も教えてくださらなかったのに!?」
「うるさいよストーカー。ちゃんと教えを請えば、私も教えてはいた。まあ、バカには理解できていなかったが」
ムトは「だが、こいつは違った」と言いながら付け加える。
「何が違ったんだよ」
翔の言葉に、ムトは本をめくった。
「私の言ったことをさらに噛み砕いて、こいつは自分のものにしている」
「すごいな。ってことはムトの小難しい魔法の講義を理解したってことか」
「そうなるな。読んだ限り私の言ったことを噛み砕いて理解して、自分のものにしてやがる。ギュル、ここに記されていた魔法が知りたい。ワークスは今どこにいる?」
「それが……数年ほど前に突然失踪されたとの噂を聞きまして……」
「チッ、面倒だ」
ムトの中でだけ、ロジックが組み上がっていく。翔はそれに耐えきれなくて、ムトの脇腹に腕を突っ込んだ。
「あーっ! わかるように喋ってくれ!」
そのまま羽毛を丁寧に一本ずつ撫でつけると、ムトは誰もきいたこともないような高い声を上げてその場にしゃがみ込んだ。
ギュルと司書たちは、目の前で尊敬している、あるいは上司が尊敬している人物のそのような姿に驚いている。
真っ赤な顔をしながら、翔の方をムトが睨むが、力が入らないのか睨むばかりで終わってしまう。
「お前、次やったら殺すからな……。だが、すまなかった。わかりにくかったな。結論から言う」
ムトは本を指差して、続けた。
「記憶が改ざんされている可能性があるから定かではないが」
本の破られた部分をムトはゆっくりと指先で撫でた。
「クォーツは私の元弟子だ。賢者でもなんでもない、ただの小悪党のな」
「小悪党?」
翔の問いかけに、ムトはうなずく。
「ああ、私がワークスに教えたのは、人の意識の改革。モンスターと人間の共存があれのテーマだったからな。私が知っている中で、ヒントになりそうな魔法を教えたことがある。認識の変革の魔法だ」
「認識の変革……」
「食料を友達だと思えば、その食料は食べられなくなるだろう? 例えばマルハスにも可食部はあるが、お前はその事実を知っていたとしても、食べることはできないだろう? そんな認識の改変を行う魔法があれば、人間は滅ばずに済むのではないかって私は言ったんだ。例になる近しい魔法を挙げてな」
ムトは本をめくると、一番最初のページを指さした。
「こんな簡単な魔法から、ここまで応用を効かせるとは、面白い弟子も居たもんだな。多分、破り取られたページにはクォーツのことなんて載ってなかった。おそらくは記憶操作の魔法自体の記載があったんだろうさ」
「じゃあ、なんでそれがムトの欲している本になるんだ? 全知全能とまでは行かずとも、ムトもその本に書かれてる魔法くらいなら理解できるだろうし、クォーツに破り取られていることを知らせるためだけってのはちょっとおかしいんじゃない?」
翔の言葉にムトも頷く。
「だからこの結論には私は至らなかった。クォーツが私の記憶している賢者であれば、ここにはアレの記した書籍が山ほどあるはずだ。だが、見つからない。つまりはそれをいちいち全て焚書していたということになる」
翔はあの真っ黒な毛並みの男が本を燃やすシーンをイメージして、画になるなと思った。
「その要素が合わされば、ここでちぎられたページもアレについての記載が書かれていると私が無意味に結論づけるのも納得だろう? 無駄に時間を食うだけの不正解の結論に。だが、クォーツが私の弟子で、魔法に関する本を一冊も書いていないとなれば話は変わる。このちぎられたページも、アレが書かれているわけではなく、アレの本質が書かれている。そしてアレは、その独自性を手に入れてしまった」
「でも、もとはこのワークスって人が書いた本で、それが出版されてからクォーツは魔法を知ったんだろ? なら、この世界の全員が知らない魔法たり得なく無いか?」
「ああ、だろうな」
ムトが本を閉じてギュルに突き返した。
「とりあえず状況を整理したい。アーミア、カケル、ラプタ。一度農園に戻るよ」
ムトがそう言って立ち上がると、ラプタとアーミア、そして翔も同時に立ち上がった。最初の目的は、少しだけ曲がった形で達成されることとなった。
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