34 アカ・マナフの困窮

「姉さん、見つかりましたぜ」

「カルラお姉ちゃん、どうするの〜?」


 男女の声が響く中、その場にしゃがんでいた「カルラ」と呼ばれた人影がおもむろに立ち上がると、翔の方に近寄ってきた。


「誰か、なんて私のことを聞いてこられたのは久しぶりだねぇ。ここいらじゃあ有名だと思ってたんだけど……」


 後ずさる翔を追いかけるように、ゆっくりとその声の主は歩く。その後ろからは二人の人影がついてきていた。

 ざっと草花を踏む音と共に、その三人の顔が月の光にさらされる。細くしなやかな風体の狼とリスの獣人。両者とも髪の毛は生えていないが、女性に近い服装をしており、パーカーを羽織っている。カルラと呼ばれた狼の方は背丈も高く、インナーのTシャツにはちきれんばかりの大きな胸と、タイトなジーンズを履きこなしており、銀色の体毛とのコントラストが眩しい。側頭部の毛は編み込まれていて、先端には鮮やかな緑の羽が付いている。

 リスの方はショートパンツとタンクトップをやけにオーバーサイズなパーカーの下に着ているが、こちらは反対に背丈と胸は小さく、大きなゴーグルを首にかけていた。単純に表現すれば少年のような見た目だが、ゴテゴテしい女児のような、言ってしまえばダサいキャラプリントがされた服装のそれを着ている時点でその考えは即座に否定される。

 そしてもう一人は、獣人と言うにはあまりにも動物に近い姿でありながら、その体躯は翔とほぼ同等の大きさの、上半身にパーカーのみを着た茶色の混じったイタチだった。

 表現するのであれば、前者は服を着ている今の状態を見る限り手足と首から上だけが毛皮だろうと予測しても違和感はないが、後者はフクロウの状態のムトのように服を着ていようと全身に毛が生えていることがわかる。そんな違いだった。


「お前ら……前にもここにきた事があるな」


 翔の言葉にリーダーであろう狼の女が翔のその言葉に耳をぴくりと動かした。


「おや、知られていたかい。じゃあ自己紹介も必要ないね。それにしてもアンタ、見ない顔だねぇ。ここら辺の奴らってわけじゃなさそうだ」

「ドワーフ……にしては背がたかいけど、でもエルフにしてはずんぐりして雑魚そ〜!」

「姉さんもチッチョもよく見ろ。ありゃヨコヤマが言ってた奴だろ。それより、見られたことをなんとかした方がいいですぜ姉さん。オレらが入って来る前からここに居るってことは、それ相応にここのことを知ってる輩ってことだ」


 翔の意思は無視して、三人は話し始める。


「お前ら、何者なんだって聞いてんだよ」


 角材を構えた翔に対して、三人は殺意を込めた視線を再度投げ返す。


「何者か、じゃないだろう? 今聞くべきは」

「そうだよね〜。クソ雑魚脳みそでもわかると思うけど、今は僕たちが何をするか、を聞くべきだよね〜」

「そんでもって、教えないって答えるのが、まあ普通だわな」


 ぐわりと口を開け、その鋭い牙をちらつかせながらイタチが近寄ってくる。きらりと光を反射するその牙は、いくら凡百の人間こと翔であったとしても重傷を負わせてくるだろうと予測することができた。


「何をしようとしてるのかくらい言わなかったとしても大体わかる。お前らはそこの、餌場を壊したんだから」


 翔があごで、もう片付けられて少し違う土の色でしか面影がはかれなくなった餌場のあった場所をさす。


「お前、その手に持ってるものはなんだよ」

「ん、これかい?」


 狼の女は手のひらに包み込めるほどの小箱をくるくると手のひらの中で弄んでいる。


「良い観察眼だね。でも教えてあげない」

「そうだよねぇ。いくら雑魚相手でも、これがマッチで、魔法が防御されてる家を燃やすためのものだなんて言っちゃダメだよね〜うふふふふ」

「言ってどうすんだよクソバカ……」


 イタチが頭を抱えている隙に、翔は角材を持って踏み出していた。

 翔はこの農園にきてから数日しか経っていないが、人一倍の愛着を湧かせていた。そして何よりも、アーミアが住んでいるここを守りたかった。

 そんな状態で、アーミアも何匹ものマルハス達も眠っている、そしてもう居ない人物が残したものを勝手に壊されるなんてあって良いはずがない。

 翔は角材を振り上げて、突進する。


「うおおおォォォオオオオオ!!!!!」


 素人の弱い構えでも、角材を持った体格の大きい成人男性が突撃してくるだけで相手は少し畏怖の感情を抱くはずだ。翔の中ではそんな浅い望みがあった。

 だが、相手は三人いる。そして何よりも、戦いに慣れていた。


「ビビらないのは評価するが、命知らずは損だぜ……っと!」

「グアっ!」


 イタチの男が翔の鳩尾を蹴り飛ばした。

 その瞬間、翔は胃液を吐きながら数メートルほど吹き飛ばされる。意識はあるものの、土だらけになった顔を起き上がらせることもできないほどにその威力は絶大だった。

 翔はそのまま瓦礫の山に背中から突っ込んでいく。


「ヨコヤマが言ってたってことは、連れていかないといけないんだよね〜。突然逃げたんでしょ? 雑魚のくせにぃ、へっぴり腰で命からがらって感じぃ? かわいそ」


 吹き飛んだ翔に馬乗りになりながら、チッチョと呼ばれていたリスの少女が翔の上で馬乗りになった。まるでトトロとメイのようだが、翔はそれだけなのにも関わらず動くことができなかった。抵抗できないことを面白がってニヤけた顔のチッチョがやけに翔を苛立たせてくる。

 そんな翔を押さえつけている向こうで、カルラがマッチを持って家の方に戻っていく。


「待て! おい! 離せ!」

「雑魚のくせにぃ、一丁前に頑張っちゃったりするってわけぇ? 離したらアタシたちの邪魔しちゃうんだよね?」

「うっせぇ! お前なんか!」


 刻一刻と近づいていくリミット。そんな中、体格差があるにも関わらず、どんなに暴れても翔はチッチョの手から逃れることができない。


「僕、身体強化魔法は得意なんだよねぇ。でも、体格差があるのに負けるなんてザッコ〜!」

「くそっ! どけよ! おい!」


 暴れる翔を、しかしチッチョは片手で押さえつける。胸に手を当てられただけなのに、翔は身をよじることもできなくなっていた。


「ラプタ、燃やせるもん持ってきな」

「あいよ。チッチョ、お前魔力漏れてんぞ。制御くらいちゃんとしとけよ」

「うるさ〜。ラプタ早く行けって。しっし!」

「んだこの……後で覚えとけよ」


 ラプタと呼ばれたイタチは怒りのままに握り込んだ拳を解いて、どこかに去っていった。


「やめろ! やめろよ! おい! 聞いてんのか!」


 翔の声は、誰に届くこともなく夜の闇にこだまするばかりだった。

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