35 あらぬ誤解

 夜の闇の中で、火花が散る光景が翔の目には映っている。


「暴れないでよ雑魚のくせにぃ。僕、結構遠慮しないタイプなんだよ?」

「そんなこと言われて暴れない奴がどこに……いるってんだよ!」


 身体強化していると言っても翔の体格をチッチョは十全に抑え切ることができないようで、


「チッ! デブが! 体重考えて動けよ! ラプタぁ! めんどくさいから変わって〜」

「めんどくせぇから嫌だ。オメェが自力で捕まえてろ」

「えぇ〜、じゃあちょっと痛めつけたりとかしてもいい?」

「バカ。反撃ならまだしも、一方的に殴るのが許されるわけないだろうが。それよりお前、ナイフ持ってるか?」

「持ってるけど……。はい」


 ラプタがチッチョの頭を軽く叩きながらナイフを受け取る。そしてそのままおもむろに翔の衣服をナイフで切り裂き始めた。


「え、ラプタってそういう趣味あったっけ……ドン引き〜」

「うっせ。燃えそうなもんがこの辺りにねぇんだよ」

「え、めっちゃあるじゃんふし穴ぁ。それに、植物とか使ってもいいし」

「バカ。水分含んでるからあんなもん燃えねぇよ。っと、チッチョ、ちょっと持ち上げてくれ」


 暴れる翔を軽くチッチョが持ち上げると、切り裂かれたTシャツをラプタは素早く引き抜いた。


「汗クセェが、まあこれくらいなら燃えるだろ。姉さん! これ使えるか!」


 ラプタがシャツを持っていってしまったために、翔は背中に夜露の冷たさをじかで感じてしまう。カッと怒りで熱った体が、そのおかげで少しだけ冷め始めてきた。

 馬乗りになっていても、腕は動かせる。このロリリスを体の上からどかそうとする動きに混じって、翔は身の回りに使えそうなものがないか探した。


(あれがあるはずなんだが……)


 ゆっくりと翔は周囲を探るが、ざらついたレンガが指にあたるだけだ。


「レンガでもぶつける気? 残念だけど雑魚のそんな攻撃で弾かれるほど僕の身体強化は柔くないよ。ざ〜んねん」

「そりゃ残念だな」

「あれ? 諦めちゃった? 物分かりの良い雑魚なんだね。そうやって生きてきた臆病者なんだぁ」


 翔の手は周囲で何かを探したままだが、チッチョは純粋なのか、それとも驕りなのか、それでもなお諦めたと判断した。


「ちがう。お前らにどうすれば勝てるか考えてるところだよ」

「ふーん、まあなんでも良いよ。僕たちは言われたことをやるだけだし、雑魚でクズのどうしようもないクソデブをヨコヤマに差し出すだけだからね」

「またひどい言われようで……。俺、社長に何したって言うんだよ」

「えぇ〜、自覚ないの? 本物のクズじゃん。ヨコヤマから聞いてるよ? お前が他の奴らも煽動した裏切って逃げたせいで組織は潰れたし、ヨコヤマにもいっぱい被害が及んだし、それに自分だけ平和なところで得をしようとしてるって話いっっぱい!」


 翔は口をあんぐりと開けたまま、その場で固まってしまった。


「どうしたの? 雑魚のことくらい、全部知ってるんだよ?」

「いや……あまりにも全部うそだったからびっくりしちゃって。俺は社長に命令されて退職したし、他の社員が逃げたのは俺が煽動したからじゃなくてみんな逃げられることがわかったからだし、何よりも数字しか気にしない社長にこんなところ教えたらアーミアに被害が行くから教えなかったんだよ」

「チッ……全部うそにしか聞こえな〜い。ここの農園のせいで僕たちがどんな被害に遭ったかも知らないで、よくそんなことが言えるね」

「ここの農園のせいで?」

「お前みたいな雑魚には教えてあげな〜い。あ、そろそろ始まるよ! お前の大切なものが燃えて無くなる瞬間が」


 翔はそう言われてバッと顔を上げる。夜の闇の中で、確かに小さな火が灯り、それが翔のさっきまで着ていた服に引火する様子だった。

 そしてその瞬間、翔の手に求めていたものがこつ、とあたる。その感触はレンガのようにざらついたものではなく、つるりとした滑らかな触り心地のものだった。

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