26 束の間

「良いですけど、私もその、カメラとかそういったカケルさんの世界のものに関しては一切わからないんですけど……」

「それに関しては大丈夫。ムトがスマホ越しに通話を繋げてくれるだろうし、こっちもある程度は機種を絞っておく」

「あと、この髪の毛だと目立ちませんかね? この前翔さんとスーパーに行った時ですら結構見られましたけど」


 海鮮を使ったサラダと肉料理、パンとその上に乗ったチーズが並んだ食卓で、アーミアは自分の髪の毛を撫でた。

 ケアができる環境ではないにも関わらず、その髪の毛は流水のように流れていく。


「それに関してはムトが魔法で髪色変えてくれるってさ。で、俺はここから出られないし、しばらくはアーミアの仕事……手伝いをしっかりできるくらいにまではなっておきたいかなって思ったからね」

「でも、すぐまたああいうことが起こったら……」


 ああいうこと。アーミアが言わんとしていることは翔にもわかった。次もしここを襲撃されれば、もしその時に翔だけしか居なければ、アーミアが最後の拠り所にしているここがなくなってしまえば。

 そんなもしもが積み重なってしまえば、その不安感は世界が滅亡するまでに膨れ上がってしまう。


「ムトが一応ある程度は使い魔とかで対策してくれるってさ」

「んんん……」

「それにさ、まあこう言っちゃあれだけど、俺一人だったとしてもアーミアが一緒だったとしても、多分被害は一緒じゃん? それなら、ここでアーミアが居なくなっちゃってここの動物たちが悲しむよりも俺だけがどうにかなる方が被害は少ないだろうし、アーミアもちょっとこっちの世界に興味持ってたりしない?」


 アーミアは眉をひそめて首を傾げる。光の魔法で煌々と照っているランタンの明かりが、古いものだからかチカチカと明滅しだした。

 

「悩んでも良いよ。俺だってこれが最善かは分かってないし、アーミアがもっと良い案を出してくれるならそれに乗ろうと思ってる。でも、俺が考えうる限りではこれがベストなんだ」

「んんん……そうじゃないんですよね」

「……へ?」


 腕を組んだアーミアが口をへの字に曲げながら目を開き、翔の方を見た。


「カケルさんにこの農園を任せても良いのか、それが心配なんですよ。魔法、使えないんですもんね?」

「使えない……ことはないかもしれないけど、使ったことはないね」

「それに、確かにマルハス達はカケルさんのことが好きですし、ムトさんも虜にするくらいのモフり方ができるのは知ってます。でも、動物を飼育したことはありますか? うちは家で飼うような少ない匹数でもないですし、ミルクボアみたいな大きな種類もいます。それをなんとかできるんですか?」

「う……」


 翔は安易に首を縦に振れなかった。自信がなかった訳ではない。自分も二十五をこえ、大人になっているという自覚もあった翔だからこその言い淀みだった。

 責任を知ってしまったからこそ、それをアーミアに心配されている事実に気がついてしまったのだ。


「あ、そのぉ……」

「なーんちゃって!」

「へ……?」

「ムトさんと一緒にその……カメラを取りに行く程度なら、一日か二日くらいで済みますよね? なら別に簡単なお仕事だけ教えれば良いだけですし、そこまで気にする必要もないですよ」


 アーミアは朗らかに言う。


「でも、それであの、ここを襲って来たやつがとか」

「そんなの、考え出したらキリがないじゃないですか。私が帰ってきたことを察知してここを襲撃するかもしれない。もしくは何か、別のことを考えているのかもしれない。ムトさんのいつも通ってるところはムトさんが閉じてくれていますし、翔さんのいつも来られるところ以外からは今の所入って来れないんですよ?」


 確かに、と翔は思った。この農園には他にも異世界への扉がある、なんてことをムトは言わなかった。それならば外から襲って来られる心配もない。


「ふふふ、意趣返しです。心配ばっかりかけさせられてましたしね」

「はぁ、びっくりした」


 いつの間にか食卓に並んだ皿は全て空になっていた。会話に夢中になりながらも、二人は満足して食事を摂り終えたのだった。


「そういえば、今日はこれからここで寝るんですか?」

「そのつもり……って言いたいんだけど、部屋に着替えとかそのほか色々取りに行きたいものがあるから今日の晩だけは部屋に戻るよ。最大限の警戒はしておく」

「わかりました。ベッドはいつも着替えで使ってる部屋のものを使っちゃって構わないんで、シーツとかは変えたい時に言ってください」


 翔は「ありがとう!」と言うと、席から立ち上がってアーミアの家を出る。アーミアは「気にするほどじゃないですよ」と言いながらそれを見送った。

 しばらくの平和な日々。束の間の休息。月明かりが地面を照らして、キラキラと照る絨毯のようなその光景の中、翔は歩いて行った。

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