38 指先に乗る意思
地下には石造の通路と、いくつかの道具が転がっていた。と、表現すれば拷問部屋かSMプレイルームのように感じられるかも知れないが、そこにあったのは古く埃を被った壊れた農耕具や穴の空いたバケツなどであり、ただの粗大ゴミ置き場なだけであった。
しかし広さは十分であり、そこにはいくばくかのベッドが並べられている。
「知ってるか? 上の部屋はアレ全部客室なんだぞ? 基本的にここの従業員はここで寝てたんだよ」
笑いながら言うムトに対して、翔は苦笑いを浮かべるしかなかった。
(会社の仮眠室でももっと良質だったぞ……)
そんなことを思いながら翔はムトについていくしか無い。
「その二人をそこに乗せろ。目を覚ましそうになったら鼻っ柱でも一発殴っておけ」
「できるわけないだろ……」
ドン引きしながら翔は二人をベッドに下ろした。
その横でムトはラプタをベッドに下ろす。そのまま何かを唱えると、三人はベッドに縛り付けられてしまった。
「それも上等な魔法ってやつ?」
「こんなもんはアーミアでもできる。強度はお墨付きだがな。さて、寝るか」
縛りつけた魔法が解けないかを確認したムトは踵を返すように地下室から出て行こうとした。
「こいつらどうするんだよ!」
「どうするも何も、私が気絶させたんだぞ。目を覚ます時間まで何をやっても目覚めない。フワァ……今日は人間にずっとなってたからこの時間でも眠いんだよ」
「そ、そうかい。じゃあ俺……いや、多分眠れないかな」
「目だけでも閉じておいた方がいい。明日はお前がメインなんだからな」
不機嫌そうに地下室を出ていくムトが残した言葉に翔は首を傾げながら、地下室から出ていった。
・・・
「なんか……思ってた以上に眠れちゃった」
「遅い! もうあいつらは起きてる頃合いだぞ」
ムトが叫ぶ様子を無視して翔は食卓についた。
「ムトさんから聞きましたよ。大活躍だったとか。本当に感謝しても仕切れないです。まさか私が寝ている間にこんなことになっちゃってたなんて」
朝食を食卓に並べながら、アーミアはわらっている。今も地下の方ではあいつらが居るはず、と言うよりも起きてるはずなのだが、アーミアは何も怯えていない。翔にとっては自分のおかげだと思っていたかったが、間違いなくムトを信用しているからだろう。
「それにしても、俺がメインってどういうこと? 昨日ムトが言ってたけど」
「後で教えてやる。今日はやることが多いから早く食え。アーミア、今日もコイツ借りてくぞ」
「いいですよ。元々私一人でずっとやってましたしね」
それでいいのか、と翔は思いながら、ムトによって口に詰め込まれるハムエッグを咀嚼し、ゆっくりと嚥下していた。
料理くらいは役割を代わったほうがいいのか、などと思いながら、翔はそのまま食道につっかえた朝食たちを流し込み、席から立ち上がる。それに合わせてムトもワクワクした様子で立ち上がった。
「よし、行くか」
「なんかワクワクしてんな……」
「そりゃそうだろう。しばらくぶりの尋問だからな。ここに結界が張られる前まではよく野菜を盗みに来ていた奴らなんかをふんじばっては陰でねぐらを聞き出したりしていたが、しばらくはなかったんだ。楽しみで仕方がない」
「で、何を聞けば良いんだっけ」
翔の言葉にムトは呆れたように頭を掻く。
「あのなぁ……。まず一つはこいつらの拠点だ。横山と一緒に居る場所の特定と、こっちの世界での拠点。前者は必須、後者はこれからの対策ってところだな。あとは他の仲間が何人居るか」
「他の仲間……そんなの居たか?」
「さぁな。居るかもしれないし、居ないかもしれない。だが、その部分を確定させておく必要はある。そして最後に弱みだ」
ムトはニヤリと笑いながら言う。だからこそ、翔は完全に引いていた。
「お前……」
「馬鹿、お前も殺されかけた方なんだぞ。これから先こっちが手綱を握るためにも知っておかないといけないだろうが」
ニヤリと笑うムトの表情が、獲物をいたぶることを趣味とするシャチのようで翔は少しだけ身震いをした。
昨日の晩と同じように地下室の扉を開け、ムトと二人で降りていく。光源のない地下室で、しかし光源になる魔法が発動しているのかそこまで暗くはなかった。
昨日と違うことといえば、その通路の奥底から暴れる音と怒鳴り声が聞こえることだろうか。
翔とムトがベッドに近寄ると、ベッドに縛り付けられていた三人は三者三様に暴れている。
「てめーら! 雑魚のくせして……この! これをほどけよ! 今なら許してやるからよ!」
昨日のぶりっ子はどこに行ったのかと問い掛けたいほどの暴れ具合を見せているのはチッチョだ。しかし、体格もあってかその暴れ具合は他の二人と比べるといささか小さい。ムトの拘束には魔法を遮るものでもあるのか、昨日のような怪力も見受けられなかった。
逆に、ベッドを壊しかねない勢いで暴れていたのはラプタの方だ。翔の身長ほどもありながら、動物に近い筋肉の持ち主であるがゆえに基礎的な身体能力の高いラプタは、大声をあげる体力すらもったいないと言わんばかりにベッドから降りようと暴れていた。
それは翔たちがベッドのそばにきてからも同様だった。
カルラは他二人とは対照的に、全く動いていなかった。それは一種の諦めか、あるいは体力の温存か。翔にはわからないが、チッチョの言動に怯まず、ラプタの力でもほどけない拘束であるならば懸命な判断だということくらいは翔にもわかった。
「で、何をしにきたんだい?」
ゆっくりとカルラが翔の方に視線を動かして言う。
「そんなもん、今からのオタノシミだろう? お前らも好きなんじゃないか? 尋問。される前に聞いてやる。お前らの雇い主と、そいつが今どこにいるか教えろ。私もコイツも、その情報が必要なんだよ」
「バカだねぇ。暴力でも魔法でも、痛みで解決できると思っているなんて私たちと同じくらいに野蛮じゃないか」
余裕を持った表情でカルラが言うのは、ひとえに痛みでは自分たちは従属せず、それでいて情報も吐かないという意思表示の表れだろう。
しかし、この会話で翔は自分が何をすれば良いのかすぐに察した。
「ははは! 私の魔法で尋問できないことくらいはわかっているさ。お前らはずっと精神だけは高潔だからな。おい、翔」
「ああ……なんというか、こういうのって結構危ない気がするんだけど、まぁでもなぁ……こんなでっかくて毛玉な動物撫でられるのはちょっと良いって思っちゃってる自分もいるんだよなぁ……。あと、なーんか嫌な予感が」
頭を掻く翔に対して、ムトが怪訝そうな表情を浮かべる。
「嫌な予感?」
「いや、ただの勘。で、ムト。俺はコイツらを撫でて、お前のあの時みたいにすればいいってことだろ? それで情報を話すとは思えないけど……」
「冴えてるじゃないか。そうだ。お前は存分にコイツらをモフれ。私が保証する。お前のそれはどんな魔法よりも尋問に使える」
自信満々に言うムトを尻目に、翔はゆっくりと三人が寝そべるベッドに近寄って行った。その目は口調とは裏腹に少しニヤついており、これから起こるであろうことを楽しんでいるような、そんな表情だった。
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