15 襲撃は怒りを残して悲哀を生み出す
「クソッ……やられた」
翔が飛び込んできた時にはもう誰もおらず、餌箱とカメラ、そして定点観察用のライトが壊されていた。
「パソコンとタブレットは無事だけど……喜んでも居られないよなぁこれは」
そう呟きながら翔はタブレットのライト機能で辺りを照らした。酷い惨状だ。怪我を負った動物がいる様子はないが、全体的にそこにあったモノは全て原型を留めていない。
「どうした!」
その時、上空からムトの声が聞こえてきた。大きな羽音と共に着陸すると同時に、翔が説明する暇もなくムトも現状を察する。
「なるほど、ひどいな」
「ここって害意がある生物は入って来ないんじゃなかったのか?」
「ああ、そのはずだ。なにせ私もここの結界を組み上げる作業を手伝ったからな。こんなことをする輩は絶対に入ってこれないようにしたはずだ。……とりあえず次来た時用の罠の魔法だけでも仕掛けておくか」
餌場をぐるりと一周し、壊れている箇所を確認しながらムトがつぶやく。
「ふむ、結界が破られたような感覚はない。むしろどこか別のルートから入られたような、そんな……!」
何かに気がついたようにムトが飛び上がる。
「おい、どうした!」
「ついて来い! お前に見せたいものがある」
翼を大きく羽ばたかせながら、ムトはゆっくりと空を飛ぶ準備を始める。翔はその背に飛び乗った。
ムトはしばらく飛び、農園の領地の端の方にある岩山に翔を下ろした。
「……やはりそうか」
「何がやはりなんだよ」
ムトが岩山を眺めながらつぶやいた。
「ここ、見てみろ」
ムトが爪で指した先にあるのは、翔の家に置かれた異世界への扉と同じ物だった。
中を覗き込んでみると、そこはオフィスビルの一角。翔には見覚えのある景色だ。
「ここ、ムトの事務所じゃん」
「そうだ。私が普段使っているな。そして私の予測が正しければ……」
人間に返信したムトは扉の向こうにゆっくりと入っていく。翔は一瞬(流石に全裸にはならないか)と思いながらそれについていった。
ムトは手慣れた手つきで事務所の電気をつける。
「なっ!?」
一気に明るくなったそこには、荒らしに荒らされたムトの事務所があった。書類が飛び散り、電子機器は全て壊され、観葉植物の土が散乱している。
「ふぅ、これは流石に手間だな」
「いや、冷静すぎないか。だいぶこれは……そうだ、け、警察!」
「やめろ」
翔が取った受話器の上から手をかぶせるように、ムトが翔の動きを静止させる。
「なんで止めるんだよ。これやばいだろどう見ても」
「いや、これくらいならどうとでもなる。ほら」
ムトが指を振ると、散らばっていた書類たちが棚に戻っていき、鉢植えの土は全て中に戻っていく。壊れたパソコンや折れた観葉植物はどうにもならないようだが、それでも掃除がしやすいように全て一塊になっていた。
「それに、あそこは私の憩いの場だ。誰に知られることも荒らされることも許さん」
翔の怒りは、焦りからくる怒りだった。突然こんなことをされて、自分に何ができるか、自分の常識の中で今何をすれば良いかがわからないままの怒りだったのだ。
だが、ムトの孕む怒りは違っていた。
それは翔の目から見ても明らかなほどの赤く、深い怒り。自らの領域に踏み込んできた無礼者をぶち殺すと言わんばかりの殺気だった。
「あの……ムトさん?」
「ん、ああ。すまんな。私としたことがつい感情が乗ってしまった」
あまりの気迫に翔は一瞬、敬語になってしまうほどだ。
「それにしても、誰がこんなことをしたんだ。ムトの職業からして恨まれることはあるだろうけど、そこから異世界への扉を見つけてわざわざこっちに攻撃してくる意味がわからないんだよな」
「ふむ、私の方でいくつか調べてみたいことがある。少し時間をもらうが、それで犯人がわかるかもしれない。ただ、しばらくは弁護士の業務が滞る可能性があるな」
ムトは顎に手を当てて何かを悩み始める。
「俺は別に最初の契約の時点で話し合った日取りからまた長くなっても構わないよ。まだ貯金もあるし、大津さんとかは……ちょっとどうかわかんないけど」
「いや、契約に関しては問題ない。あんなもん過去の似た判例を叩きつければいいだけだからな。ただ、最初の予定よりも早く仕事が上がることがなくなったというだけだ」
冷徹な眼差しでムトは何かを考え始めていた。
「俺に何か手伝えることは……」
「ない、とは言い切れんが、今はアーミアの所に行け。私にかけてきた電話の向こうでやたらと動揺していたからな」
ムトにそう言われ、翔は農園へと戻っていった。ムトの扉から翔の扉までの距離は少し離れており、間に背の高い麦に似た植物の畑が壁のように夜風で靡いている。
「翔さーん! 大丈夫ですかー!」
その中から、アーミアの声が聞こえてきた。
翔は麦畑の中に飛び込んだ。成人男性よりも高い穂の中を声を頼りに走る。そして、アーミアの元に辿り着いた。
「翔さん! 大丈夫でしたか?」
「ああ、俺がついた頃には犯人もいなくなってたからね。アーミアこそ誰かに会わなかった?」
「……」
翔の問いかけにアーミアは答えない。
「アーミア?」
「……グスッ……心配、したんですよ」
そう呟くと、アーミアは翔に強く抱きついた。翔は胸元に感じる涙の冷たさを感じながら、ゆっくりとアーミアの頭を撫でるしかなかった。
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