66 雲隠れにし
雲に隠れた月が、まだらに草原を照らしている。
アーミアと翔は家の裏側に設置したカメラまで歩いてきていた。
「これを見て、どう思いますか?」
アーミアがテントのカーテンを開けて翔に見せた先には、パソコンの画面に表示されている固まって眠る動物達。それと、流れていくコメントだった。
「ムトさんに教えてもらったんです。ここに書かれてる感想……って言うんですか? それって全部誰かが書いてるものなんですよね。……なんかちょっと関係ないコメントもありますけど」
優しい言葉をかけようとしたのか、パソコンを覗き込むアーミア。だが一番最初に目に入ったものが荒らしコメントだったのか一瞬言葉に詰まっていた。
翔は荒らしコメントが湧くようになったか、と思いながら、それを指摘することはなくアーミアの言葉を聞き続ける。
「確かに、あんまり思い出したくないんです。みんな居なくなっちゃった日、ムトさんだけが残って、まだ何を言っているかも分からないような頃だったのに、何を言ってるかだけは覚えていて」
ゆっくりと画面を撫でながら、語りかけるようにアーミアは続ける。
「あ! ほら! この人とか!」
コメントが流れる中で、可愛い〜! と言ったようなコメントを見つけたアーミアはそれを急いで指差す。先ほどまでのおとなしい口調から一転して興奮した様子だったのは、ただ単に流れの早いコメント欄の中から目当てのものを見つけた喜びだろう。
「ん、んん……で、こういう言葉を見ると、思い出すんです。朧げですけど、楽しかった頃の思い出とか、ああ、こういうことも言ってたなぁとか。もちろんあの時はマルハスたちも居ませんでしたし、こんなに動物たちが居ることもなかったんですけど」
アーミアは固まって眠る動物たちに近寄る。比較的大き目の部類に入るような狼の横に座ると、眠っている彼ら彼女らの頭をゆっくりと撫でた。
「私が一緒に居れたのも、動物……いや、モンスターにしては珍しく人を襲わなかったから。ただそれだけ。でも、私はそのおかげでみんなのことを好きになった。楽しかったんです。だから、翔さんがどう思っても構わないですけど、一つだけ覚えておいてほしいんです」
アーミアが翔の方を向く。その瞬間、雲に隠れていた月が顔を出し、ゆっくりと二人を照らしはじめた。
月光がまるでスポットライトのようにアーミアを照らし、翔の眼にはそれが絵画の一枚のように映る。聖女がそこに座り、慈愛の微笑みを浮かべているような光景だった。
「多分、ムトさんもカルラさんも翔さんを驚かせたかっただけだと思うんです。現に、ムトさんの魔法でなんとかなる……と思いますし。ただ、だからこそその事実を知ったうえで知っておいてほしいんです。みんながみんな悪い人じゃないって。ただ、みんな少しだけ怖がっているだけだって」
「……もちろん、とは言えないかもしれない」
翔が言った言葉に、アーミアは静かに視線を落とした。
「けど、さ。でもそれって俺の居たところでも一緒だったなぁって思って。みんな、誰かにうっすらと怯えて、誰かの見せてない一面を予想して生きてるわけだしさ。なんか、まあ、たぶんだけど、アーミアが心配してるほど俺も偏見は持たないよ。アーミアがそうしてくれたように」
「ふふ、そう思ってもらえていたのであればうれしいです」
「そうだ、アーミアも一緒に行こうよ。農園は……どうするかムトと相談するとして」
「いいですね! 私も久しぶりに王国の方でいろいろと見たいものがあったんです!」
月明かりは二人だけのセッションを隠すように、ゆっくりとまた雲に隠れていった。
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