64 次の目的地

「つまり、私たちの記憶を弄った奴は誰かわからなかったと」


 その日の夜、食卓に集まった翔たち六人はガスパチョとパン、そして中央に置かれた大きなグラタン皿に盛られたサバのエスカベーシュを囲っていた。

 翔が買い物帰りに本屋で見つけたレシピブックから、アーミアが気になったものを作り上げたということだった。


「で、雑魚お兄ちゃんも、そこのフクロウもどきも、なーんにもわからずにノコノコ帰って来ちゃったんだ〜?」

「こら、チッチョ。お前も何も見つけられなかったんだから言うことじゃないだろ」


 ラプタはそう言いながらチッチョを諌めるように小突いた。「いた!」と叫びながら、チッチョは後頭部をさする。

 翔は少し心配になりながらも、その光景に笑っていた。


「というか、そっちも何か調べてたってこと?」

「ああ、一応ね。私は実戦に使う魔法の方が得意なんだけどもねぇ、ラプタが結構そっち方面に詳しいから」

「そうなのか。ちょっと意外だな」


 翔が言うと、ラプタは額に手を当てながら少しため息をついた。


「そう言われると思って黙ってたんだ。姉さん、自分から言うって言ったじゃないですか」

「アンタが言わないから言ってあげたんだよ」

「まあいいか。で、この家にある本やら何やらをアーミアに頼んで片っ端から読んでたんだが……」


 ラプタがスプーンを持ったまま両手を上げた。先からガスパチョが垂れるのではないかと翔は心配したが、付いたそれをすでに舐め取っていたのかその心配の必要はなかった。


「お手上げだな。記憶操作の魔法なんてそれこそ……なんだっけ? お前らが連絡をとったクォーツって奴だっけか? そいつに聞いた方がまだわかるくらいには載ってなかったわけだ」


 ため息が食卓を包み込む。


「はぁ、作ってるモンも行き詰まりやがったし、せめて王国の方に行けりゃ良いんだがな」

「王国の方に?」

「ああ、そっちの図書館の方に行けばなんとかなりそうなんだが……あいにく俺たち三人はこれでも身を隠してるんでね」


 そういえば、そんなことを言っていた気がする。と、翔は思い出していた。


「そういえば、家族から逃げてきた、みたいなこと言ってたっけ。そっちはあんまり詳しく聞かない方がいいのかな」

「いや、語っても良いんだが……まあせっかくだから説明しておくか。良いよな? 姉さん、チッチョ」

「ああ、好きにしな」「ん〜、あんまり僕は聞きたい話じゃないけど、こればっかりは意義な〜し。あ、アーミアお姉ちゃん、スープおかわり!」


 二人の許可も出たところで、ラプタは滔々と語り出した。


「俺たちは西方の国の出身でな。三人とも国王の子供なんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「驚かないんだな」

「ま、まあ、俺の世界ではあんまりないことだからね……。それこそおとぎ話か小説の中の世界でしか聞いたことがないよ」


 現実離れしすぎているだけではあったが、その翔の様子をラプタは豪胆だと判断していた。その判断は、ラプタの中で「語るに値する」と判断するものだった。


「で、俺たちはまあ、いわゆる妾の子だ。正当な王位継承権をもぎ取るにはあまりにも下位に位置している。それなのにも関わらず、権利があると言うだけで王は、いや、あの親父は俺たちを束縛したんだ。毎日魔法や帝王学について学ばされ、意味がないにも関わらずそれを無理に吸収させられていた」


 その結果がこれだ。とチッチョをラプタは見たが、チッチョの方は

「自分の意思でなったことをまるで狂ったみたいに言わないでって言ってんじゃんね〜? ラプタも馬鹿お兄ちゃんだよね〜そういうとこ」

 と反論した。


「……話が逸れたな。まあ、そんな生活に俺たちは辟易していたんだ。何発も鞭も食らった。戦闘訓練では上級兵士から何百と木刀も食らったさ。だから、国から逃げ出そうと決意した。他にも何人か同じような境遇の奴らが居たが、誘っても協力できたのは俺たち三人だけだったがな」

「それ以外は手伝ってくれなかったのか?」

「ああ、王に母親を人質に取られていたか、あるいは現状から身を落とすことに耐えきれなかったか、あるいは王になれるかもしれない、なんていう絹糸のような細い望みに賭けていたか」


 ラプタは壁の向こう、どこか遠くに焦点を当てながら、その何人かの顔を思い出しているようだった。


「ま、そんなわけで俺たちは無事逃げ出して、今ここにいるわけだな。もちろんあのクソ親父は自分の性欲で生まれたことなんて棚に上げてブチギレて、色々と追っ手をよこしてるわけだが」


 飄々と語り終えたラプタとは裏腹に、翔はあまり言葉が出なかった。

 そして、その憎しみの矛先が農園に向いたことも、逃げるルートがそこしかなかったと思いこまされてしまったのだから仕方のないことなのではないかと一瞬思ってしまっていた。


「まあ、この家を燃やそうとしたことには変わりはないんだがな。同情誘っても良いが、過去ってのはお前らの視点からだけで語られるもんじゃないんだ」


 ムトが厳しく刺すように言う。


「俺も……それも事実だと思う。ただ、だからと言って三人のことを何かしたりするわけじゃないし、これまで以上に同情されるっていうのもいやで今まで黙ってたんだろ?」

「ん、まあ、そうだな」

「じゃあこれ以上の追求はおしまい。で、元の話題はなんだっけ」

「俺たち三人は王国どころか、ここの農園から出られないってことだな。もちろんお前の部屋経由でそっちの世界には行けるが、魔力を消費し続ける人間化の魔法なんてそうそう長い時間使えるもんでもないからノーカンだ」

「そうか。俺が行く、って言いたいところなんだけど、魔法に関して詳しくないと探せないんだもんな……」


 翔は顎に手を当てて下を向いた。足元のマルハスが何かをもらえるのではないかと翔の方を見つめている様子と目があって、翔は思案している自分がばからしくなってくる。


「それなら私が同行しよう。おい、怪力ガキ、お前もついてこい」


 ムトが不満そうに呟いた。


「お前らをけしかけてきた奴の素性くらいは探っておきたいからな。私もちょうど一人で行こうとしていたんだ」

「はぁ!? なんで僕まで行かなきゃならないの!?」


 突然の指名にチッチョがスプーンを握りしめながら抗議の意を示した。


「お前、力が強いんだろ? 護衛にぴったりだ。お前は兄も守れないただのでくの坊だっていうなら話は別だが……」

「そんなことは一言も言ってないんですけど~!? チッ。一緒に行ってやるよ。フクロウだけだとお兄ちゃんは守り切れないもんねぇ?」


 キャンキャンと子犬のようになきわめくチッチョ。


「だとしても、俺とチッチョは見られたらバレるし、人間化の魔法も王国では使うわけにはいかないだろ? それに、カケルなんかさらにやばいじゃねぇか。どうするんだ?」

「その程度、私の魔法で何とかなる。なんなら今からでもかけてやろうか? 怪力ガキにぴったりのゴリラな見た目のヤツを」


 ムトがにやりと笑うと、チッチョはカルラの背中に隠れた。

 不安そうなラプタが呟いているようすとは対極的に、翔は彼が言っている事の意味が分からなかった。


「なあ、ラプタとチッチョならまだしも、俺が行けない理由ってあるのか? 俺別にこの世界でなにかやらかしたとかは一切ないんだけど……」

「知らんのか。この世界では、お前みたいな人間は全員滅んでるんだぞ」

「……はぁ?」


 翔の口から、素っ頓狂な声が漏れた。

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