11 トラブルシューティング

 翔は自室から目的のものを見つけ出すと、また一目散に農園へと戻った。その手にはスケッチブックと、ペンが握られていた。

 そのままカメラに映らない画角までくると、翔はサラサラとスケッチブックに何かを書き込み始める。カンペを書く技術の応用というべきか、そのスピードは凄まじく早かった。

 翔はそれをゆっくりと自身は手しか映らないようにカメラの前に出した。


『コティーナ農園定点カメラ運営です。平和な異世界の様子を配信しようと考えて試験的に始めたのですが、大変人気が出てきたこと、ありがたく思っております。そのため、今一度みなさまに楽しんでいただけることを目標として、一度これまでのアーカイブを非公開にし、運営の顔が写っているシーンを削除するように編集させていただきます。配信を一度切り替えた後、ルールなどを概要欄に明記させていただきますので、ご了承のほどよろしくお願いいたします』


 翔は一度スケッチブックをめくり、またペンを滑らせる。コメント欄は思っていたよりも肯定派な意見が多いようだ。顔出ししてしまったことの重大さがわかっているらしい。


『また、動物を見ていただきたいという理念のもとでこの配信は運営されております。そのため、配信の切り抜きなどは行われませんよう、ご了承をよろしくお願いいたします。すでに行ってしまった方に関しても、削除していただけると幸いです。広告費、投げ銭等は農園の運営費と動物の餌代になりますので、そちらの方もご了承いただけると幸いです』


 翔はカンペを一枚めくる。


『それでは準備のため、五分ほど配信を止めさせていただきます』


 配信用のパソコンで調べてみると、動画サイトにはすでにいくつかの切り抜きもアップされているようだ。その中にはアーミアが出てきた箇所をまとめているものもある。

 悪質なものというわけではなく、アーミアが出るシーンは餌が運ばれてきており、つまりは動物たちにフィーバータイムということになるわけだ。この部分に関してはこちらでなんとかタイムテーブルなんかを作っておくべきだろうな、と翔は考えていた。

 マウスを動かし、翔は一旦配信を閉じた。


「アーミア! ちょっといいかな!」

「なんですか〜?」


 少し遠くで作業を行なっていたアーミアが、駆け足で翔の元に近寄ってきた。また餌が補充されるのではないかと動物たちがワクワクした様子でそれを眺めている。

 翔は近寄ってきたマルハスを無意識に撫でながら、しかし真剣な顔でアーミアの方を見た。


「端的にいうと、思っていた以上にめちゃくちゃ見られてる」

「え! すごいですね。どれくらいの人が見てるんですか?」

「累計だと……四万人くらいかな」

「四万……」


 途方もない数字にアーミアは絶句する。


「これは正直、人気とかそういうレベルじゃない。少しでももふもふ系の動物が好きなら確実にこの配信を見ている。そんなレベルだ。ただ、そこで少し問題が出てくるんだ」


 翔はアーミアに顔が配信に乗ってしまうことの危険性を説いた。翔の顔がネットに流れてしまえば、翔が運営の人間だとバレてしまう。まだそこまでは至っていないが、家に異世界への扉があることがさらにバレてしまってはこの農園に悪い奴らが侵入してくるかもしれない。

 そんなことをメインにしながら、ネットリテラシーについてを懇々と翔は語った。


「なるほど……ちょっとまだわかってない部分もあるんですけど、じゃあ今後は私が餌やりをした方がいいってことですかね?」

「それでも良いんだけど、アーミアもこっちの世界を楽しんだりとかしたくない? 昨日の料理みたいなのを、自由に作ってみたりとかさ」

「それは……結構したい……」

「そうなると、やっぱり顔が映っちゃったら俺と同じことになるからさ、今後どうしていくかを一旦考えた方がいいんじゃないかと思ってね」


 膝の上のマルハスが息を全て吐き出すような声を上げたことで、翔はもうすぐ配信を再開しなければならないことを思い出した。


「とりあえず続きは俺の家の中でやろう。農園の仕事の方は……ごめん一旦中断してもらっても構わないかな」

「ええ、まあしょうがないですね」


 翔は過去の配信のアーカイブを一度全て非公開にし、再度配信を開始した。

 そして二人はカメラに映らないように、翔の部屋に戻って行った。動物たちは呑気に眠っており、コメント欄ではそれらに癒される声が続いていた。

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