89 陣形A
ゆっくりと馬車が丘陵を登っていく。もう目の前まで、農園は迫ってきていた。
「そろそろ気をつけろ。二度目は基本的に本気で潰してくる。大人数が農園を占拠していてもおかしくないと思え」
ムトの言葉に全員の気が引き締まる。昨晩に翔がムトと話していたことは、全て情報共有を済ませていた。
農園が近づき、馬車の速度が落ちていく。ゆっくりと馬車は平原の端で止まった。翔が背後を見れば、これまで通ってきた丘が悠然とそびえ立っている。
「ほんまにええですの? もうちょっとくらいは乗ってかはったほうがええんちゃいます? 結構距離あると思うんですけども」
キーウィの言葉にムトは首を横に振った。
「いや、この辺りからは歩きだ。アーミア、いけそうか? 無理なら体力増強の魔法もかけてやるが、何もなかった時に少し影響が出るからあまりおすすめはしたくない」
ムトの言葉にアーミアはこくりと頷いた。
「なんかあったら俺がおぶるよ」
「カケルさん……」
翔の提案にアーミアが目を輝かせる。
「カッコつけるのは良いが、有事になって疲れて動けませんとかは勘弁してくれよ」
ラプタのため息に、翔は軽く笑い返した。
全員が荷物を持ち、道とも言えない道を歩いていく。少し北に行けば商人たちが通る道もあったのだが、翔たちはそこを通ることはしないルートを通っていった。
道は舗装されている分、誰かに見張られている可能性も高かったからだった。
平野で見通しは良いとはいっても、人の手は入っている。ところどころには石壁や誰かが作った簡易的な屋根があり、そうではなくとも自然にできた翔の背丈程度の崖もいくつかある。
緊急時にはそれらに身を隠せるという点でも、舗装されていないルートを通ることが一番良いと翔たちは結論付けていた。
しかし、そんな考えが杞憂であるかのように、全員が何の気配も察知しないまま農園が見える場所までたどり着いた。
「何も……なかったですね」
「ああ、誰か居るって感じもなかった」
アーミアと翔は魔法を上手く扱えないからと目視で周囲を確認していたが、風に揺れる草木の中で隠れている誰かを見つけることはなかった。
「軽く探知魔法を流してはみたが、そっちにもなにもないね」
ムトも言うからには、もうここには本当に誰もいないのだろう、と翔は思った。
「杞憂……って思うにはまだ早計だよな」
「ああ、ラプタ、まだ油断はするな。ルーブル、カケル、お前らも戦力になるとは思ってないが、足手まといにはなるなよ」
「りょ、了解だ」
「わかった」
ムトの言葉に二人が返す。翔は「じゃあ、行くよ」と言うと農園の方に走り出した。
結界の際まで五人はたどり着き、ムトがその一部を開いて中に招き入れる。
ラプタ、アーミア、ルーブル、翔の順番で中に入れ、翔が入る時にムトが呟いた。
「余計なのが二人居るな。アレじゃないことは確かだが、油断はするなよ」
全員の毛が逆立つ。アーミアは瞬時に人間の姿に己を切り替えると、ムトの方を見た。
「どの辺りに居るかわかりますか」
「ん、畑の方は安全だな。建物のどっかに居る。三バカイタチが走り回ってるから、アーミアはそっちに話をつけてこい。建物の方には近寄るなよ。それを守ればおそらく安全だからな」
「わかりました」
ムトの言葉を聞くと、アーミアは畑の方へ駆けていった。
「ラプタ、ルーブル、お前らは一度待機だ。向こうは私とカケルの顔を知っているはずだが、お前らの顔は、特にルーブル、お前の顔は知らん。イレギュラーな存在としてこっちの隠し玉にする」
「お、俺がか……?」
「不服か?」
「いや、逆さ。俺を助けてくれたムトさんに恩を返せそうなんだろ? ならいくらでもなんだってやってやるさ」
ルーブルは決意の目をして、拳を握りしめた。
「俺はむしろ、クォーツの野郎に顔を見られてるはずなんだがな」
ラプタはそう言いながらも文句もなくその場でルーブルと顔を見合わせる。
「どうやらチッチョとカルラは宿舎に居る。そこに他の二人も居るようだな。ラプタ、裏口から回れ。私らは正面から行くぞ」
「了解」
全員が、ゆっくりと歩を進め始める。農園はまだ、静かに穂が揺れる音だけが響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます